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第9話
水族館を出た後に早めの夕食を取り、そのまま駅へと向かった。きれいな魚を見ていたら気まずさもなくなり、いつもの麦嶋さんに戻ったようだった。何が面白いのか分からない内容の話でも麦嶋さんの言葉で聞くとどうしてか笑えてきて、口を押さえている俺に麦嶋さんも笑顔を見せた。
「佳吾くん、明日は用事ある? 日曜日だからバイトとか入れてる?」
「バイトは夕方からあるけど、お昼までなら全然大丈夫ですよ」
「……そうなんだ」
改札を通り、座って電車を待っていると、麦嶋さんがもじもじしながらそう言った。次の日の予定を聞いてくるなんて珍しいし、聞いただけでそれ以上何も言ってこないのは、俺がどうしてか聞いてくるのを待っているってことだろうか。
「麦嶋さんが予定聞いてくるの珍しいですね。明日も行きたいところがあるの?」
「……そういうわけじゃあなくて」
じゃあ何? と続けて聞いてあげれば良かったのだろうけれど、俺はそれ以上言葉を返すのをやめた。いつも誘うのは俺で、それならここに行きたいとその時になって初めて麦嶋さんが提案してくれるだけで、彼から誘われることは滅多にないのだ。ここで俺から「明日も会いますか?」と遮ってしまうのは勿体ない。
「佳吾くんの終電までまだかなり時間あるよね? その、俺、実は今日誕生日で……」
「えっ? 麦嶋さん、今日誕生日なの?」
「良かったら家で一緒にケーキ食べてもらえないかなぁって」
いつもより数倍早口で、そして小さな声で麦嶋さんはそう言うと隣に置いていたケーキの箱を自分の膝の上に大切そうに乗せた。
麦嶋さんが甘党なのは知っていて、だからさっき美味しそうなケーキ屋さんを見つけ、帰ってから食べるという発言に何の違和感も持たなかったけれど、これは自分の誕生日ケーキだったのか。一つは苺たっぷりのタルトで、もう一つはビターチョコレートのケーキにしたのは、甘いものが苦手な俺に合わせてのこと?
「誕生日だって早く言ってくれればお祝いできたのに。ケーキだって俺が買ったよ?」
「や、いつもはわりと適当に誕生日を過ごすのだけれど、今日は偶然にも君から誘ってもらえて、それで水族館に行くこともできて、楽しい誕生日になったから。少し欲が出たというか、もうちょっと一緒にいてもらえたらなぁって……」
ここまで言うなんて、麦嶋さん的にはかなり頑張った方だと思う。それが分かるから、もし明日早くに用があったとしても俺は断らなかっただろうな。
「全然いいですよ。というか麦嶋さんの都合が大丈夫なら、今日泊まってもいい? 終電を気にせず一緒にいられるし、どうせ遅くまでいるならもう泊まらせてもらった方が俺も楽なんだけど……」
そう言い終えてから、何を言っているのかと自分で驚いた。友人としてでも変ではないにしろ、今どういう気持ちでこの言葉を伝えたんだ? もう少し一緒にいたいと思ってもらえることが嬉しくて、俺もまだ一緒にいたいと調子に乗ってしまった。
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