10 / 15

第10話

「泊まってくれるの? じゃあ帰りにコンビニ寄って、下着とか歯ブラシとか買わなきゃいけないね。パジャマ……俺のだと手足の長さ足りないと思うけれど大丈夫?」 「それは全然……」 ケーキだけ食べるはずが泊まることになったと言うのに麦嶋さんはただただ喜んでいる。あまりにも油断しすぎじゃあないだろうか。友人になろうと確かに俺が提案して、それからずっとその通りに過ごしてきたけれど、あの痴漢にあった日、俺がトイレでしたことをこの人は覚えているのだろうか。 仕方なかったにしろ、他人の処理を手伝う人間などそうそういないだろう。学校の友人のを触ることを想像をするだけで気分が悪くなるのに、麦嶋さんのは抵抗なく触れた俺も十分におかしいし、麦嶋さんだって自分の勃起したペニスを躊躇うことなく触った俺のことを警戒すべきなんじゃあないだろうか。 いくらその後で優しさを与えて、普通の友人として過ごしてきたにしろ、それはたった数ヶ月のことで、俺との出会いを忘れてはダメだろう。それとももう、麦嶋さんは笑い話にできるってこと? 「麦嶋さんは俺が泊まること、本当に嫌じゃあないの?」 「え? 嬉しいよ」 「そう……」 嬉しいと言われ、それこそ俺にとっても嬉しい話なのに、どうしてか気に入らない。一緒にいることが心地よいと思ってもらえた方がいいのに、それが嫌だなんて、俺といることをどう思ってもらいたいんだ。油断してほしくない? それって俺を、意識してほしい、そういう対象として見てほしいってこと? つまり俺が、友人として麦嶋さんを見られていないってこと? 「眉間にシワが寄ってるけれど、大丈夫? それと電車来たよ」 麦嶋さんの声に顔を上げ、開いたドアの方へと歩いた。すんなりと座ることができ、端の席を選べば、ぴったりとくっつくようにして麦嶋さんも座った。 「今日は俺の家だから、今度は君の家にも行ってみたいな」 「俺、実家暮らしですよ。あんたが来たら親がびっくりする」 「あっ、そうか……。そう言えばそうだったね。俺が行ったら、この人誰? って不思議がられてしまうね。変なこと言ってごめん。というか、突然の外泊大丈夫なの? 親に連絡入れないと」 「後でメール入れれば大丈夫。元々今日は遅くなるって伝えてたから今すぐでなくていいよ」 さっきまで機嫌良く笑っていたのに、麦嶋さんは静かになった。俺の家に来ることを断った時の言い方が悪かったのは分かるけれど、そう落ち込まれるといい気はしない。彼女の家に行くことを断られたわけじゃあないのだ。たかだか数ヶ月の関係しかない友人から断られただけ。水族館に行く前の手を離してしまった時だって同じだ。俺のことを本当に友人としか思っていないくせに、見せる反応がイコールで繋がらない。 「コンビニ寄った時に、お酒も買う? 佳吾くんは、お酒強い人? 俺はわりと弱いかなぁ……」 ああほら、まただ。お酒だなんて、またそんなことを言う。 「俺、けっこう強いよ」 「それならたくさん買わないといけないね」 さっきまで楽しかったのに、自分の思考が嫌でたまらなくなる。泊まろうかと聞いた少し前の俺を呪いたくなった。

ともだちにシェアしよう!