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第11話
ケーキを食べ、お酒も飲み、麦嶋さんは今日のどの瞬間よりもご機嫌になっていた。先にお風呂に入らせてもらい、服を借りたけれど、案の定丈が足りなくて、麦嶋さんの笑いがしばらく止まらないほどだった。
その後で麦嶋さんがお風呂に入っている間にまだ缶に残っていたお酒を飲み、食べきることのできなかったチョコレートケーキに手を伸ばした。苦いにしろ、ケーキは好きでなくて食べることは少ないから、これも正直いらないけれど、せっかく麦嶋さんが俺のために選んでくれたし、何より誕生日を祝うためのものだから残してはいけないと無理矢理口に含んだ。
首にかけたタオルでゴシゴシと頭を拭きながら、いつもは麦嶋さんから香る匂いが自分からすることが頭を支配する度に、首を横に振り、何となくつけていたテレビへと意識を向け直す。
そうしていると、麦嶋さんがお風呂から上がってきた。
「前髪……」
「へへ、いつもは整えてるから、下ろすと雰囲気変わるでしょ? 変かな」
「いや、それはそれで……」
こぼれそうになった可愛いという言葉を飲み込んだ。これまで何度も口にしていたその言葉を、今は言ってはいけない気がした。これまでとは違う意味でその言葉を使ってしまうことになる。
「お酒、飲み直す? 佳吾くん、さっきあんまり飲んでいなかったでしょ?」
麦嶋さんはそう言うと冷蔵庫からビールを取り出し、テーブルに置くとさっきの電車みたいに俺にぴったりとくっつくように座った。肩がぶつかり、体温を感じる。俺は動揺を隠すようにしてスマホを開き、学校の友人から来ていたラインに返信をした。
「彼女……?」
「違うよ。ってか俺も半年前に別れたって話をしたよね? それに彼女いたらこうして頻繁にあんたと会ってないよ」
「そう、だよね。ごめん……。暇じゃあなかったらこうして俺と……」
「ねぇ、麦嶋さん。どういうつもりでそれを俺に言ってるの?」
「えっ」
もう我慢の限界だった。俺が麦嶋さんに対しての感情に戸惑っているのに、彼は普段と変わらない様子でその感情を刺激してくるだけだ。気にしたり落ち込んだりするくせに、その言動の根拠に俺への好意は感じられない。
「佳吾くん……? どういう……」
「俺だって分からないよ」
分かっているのは、初めて会った日に言った通り友人として過ごしてきて、それを今、俺が一方的に終わらせようとしていることだけ。麦嶋さんを散々子ども扱いしてきたくせに、その俺の方がよっぽど子どもだ。
「手を離せば傷ついたような顔をするし、ぴったりとくっついて座ったり、彼女を気にしたりするくせに、俺を家に泊まらせることには抵抗はなくて、あげく酒を飲ませても平気だとか……、振り回されすぎて頭が痛いよ」
「……っ、」
「確かに友人になったけれど、提案したのも俺だけれど、そもそもの出会いを忘れてない? 俺が麦嶋さんにしたこと、忘れちゃったの?」
「佳吾くんっ、」
「気を許してもらいたいと思っていたのに、甘えてほしいと思っていたのに、自覚してしまったらそうされることが苦痛だ。意識されないのが悔しい」
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