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第2章 オーディン 【2】 話しかけること、見ることを禁ずる

父皇帝の側妃であるエーリス王女の宮殿に下がろうとするシルヴィを、さらうように皇子宮へと連れ帰った。 急ぎでシルヴィの寝室を私の部屋の一部に作らせた。 私は飛び級して、とうに卒業資格を得ている学園高等部にシルヴィと一緒に通うこととした。 同じクラスに配置するのは全て忠誠心の厚い、将来の側近や大臣になり得る者で固め 【エーリス王子に話しかけること、見ることを禁ずる】の触れを全教師、生徒に徹底させた。 我ながら恐ろしいほどの独占欲・征服欲に驚愕する。 こんな気持になったのは初めてだった。 父に勝手に決められた婚約者は幾人かいるが、このように心臓を高鳴らせ『ただただ視界に入れていたい』と願う者はいまだかつて一人もいなかった。 学園になど通わせずこのまま妃にしてしまいたいが、やはりそれは愛し愛されあってからのほうが良いであろうし、恋愛期間というものも与えてやりたいと思う。 ――――――――――――――― 使用人が着替えを手伝おうとすると、激しく抵抗していた。嫌がる様がなんと愛らしいこと。 脱がされ床にうずくまるシルヴィを見ると、シルファ製の王族の衣装と同じシルファで作られた薄衣の下着が目に入る。 天女の羽衣のようなその布は、手先が器用なエーリス民のみが織ることができる繊細な布だった。 地肌が透けそうな煌めく乳白色のその下着は、私の自制心を試すかのごとく揺らめいていた。 シアーズ製の部屋着に着替えさせるのを確認すると使用人を下がらせた。 やっと二人きりになれた…。 シアーズの服が落ち着かないのか鏡の自分の姿を見て眉尻を下げていた。その顔がことのほか可愛らしくて『好きだ』と思った。 部屋をキョロキョロした後、私を怯えた目で見てくる。そんな表情もするのか…可愛すぎる。 シルヴィを王宮で見初めた瞬間は、そのビスクドールのような整った顔にほんの少ししか感情は見えなかった。 王宮での謁見時に見せた微笑も僅かなもので、儚さ危うさを感じたが人形のような印象はそのままだった。 皇子宮に来てからの怯えたような表情が【守ってやらねばならない、私の懐に抱え込み何人たりとも触れることを許さない】と決心をさせる。 食事がすすまないのを見て、食事内容の再考を侍従に指示する。 夜、シルヴィは一人で着替えると言い張った。エーリスの王族は着替えも風呂も一人でするのだと聞き驚いた。 別々のベッドで眠る段になり、私はどうにもガマンが出来なかった。 無体なことをするつもりは(今はまだ)ない。 シルヴィの部屋に入ってゆくと、口をぽかんと開いたまま驚いている、夜着姿のシルヴィが私の忍耐をグラグラと揺する。 (まだ早い…)だが――― シルヴィの腰を抱き寄せ、膝裏に手を差し込み抱き上げた。 体格の劣るエーリス民とはいえ、あまりの軽さに羽でも生えているのかと、背に回した手で確認するほどだった。 顔を真っ赤に染め俯くさまが可憐で愛らしい。 体を固くしているシルヴィをベッドに下ろし、生まれてこの方こんなにもガマンを強いられたことがないくらいに心が軋んだが、私は邪な気持ちを鉄の意思で抑え込んだ。 「明日からの学園生活も、この国での生活も、何も心配はいらないからね、ゆっくりおやすみ」 柔らかな羽毛に沈む腰を引き寄せ、後ろから抱きつくようにすると「ひゃっ」と可愛らしい声をあげた。かわいい… (あぁ…なんという芳しい香りがするのだ) この夜、長年求めていた理想を手に入れ、この先どんなふうに愛していこうかと考えなかなか眠れずにいた、欲情するのが止まらない。 妄想と欲情と自制心に苛まれている間に、私の腕の中でシルヴィが安心したようにスゥスゥと眠っていた。あぁ…なんという…もう言葉にできない。 夜の月のように煌めく前髪をかき分け、その白き額にそっと口づけた。 次の朝、学園に着くとなぜかシルヴィの表情が曇った。突き出した唇が愛らしい。 私の登園にざわめき歓喜する者たちを目線で制する。 【エーリス王子に話しかけること、見ることを禁ずる】の触れは守られた。 不安げな顔で、私の制服の袖を握ってくる細い白い手を掴み口づけをしたくなる衝動を耐える。 私だけを頼ればいい、私だけしかその瞳に映してはならない。 その夜、元気のないシルヴィのベッドに潜り込もうとしたが強烈に拒否された。 (なぜだ…) ショックでその夜は一睡も出来なかった。 次の日の学園での昼食時、王室専用のコックに命じエーリス料理を中心とした各国料理を用意させた。 シルヴィが満面の笑みを私に向けた瞬間、私の全身は感動に支配され大理石の彫像になってしまったかと錯覚するほどに動けなかった。 あぁ―――神よ感謝します。 美味しそうにパクパクと食べるシルヴィが目があうたびに笑ってくれる。 こんな幸せな食事は生まれてはじめてだった。 だが、毎日ここで昼食をすると告げるとシルヴィの眉がへの字になり、食事をする手が止まった。 自分は食堂で良いと言うのだ。とんでもないことだ。 あのような獣がウジャウジャいるような場所に行かせられるわけがない。 しつこく説得すると、苦笑しながらもここでの昼食を受け入れてくれた。困ったように笑うシルヴィもやはり好きだ。 昨夜はシルヴィもあまり眠れなかったようで、昼食後サンルームのカウチで並んでお茶を飲んでいたら、私の肩に寄りかかってきた。重みが愛しい。 この夜からメイドに指示し、飲んだ後10分ほどで強烈な睡魔が訪れどのような不眠症の者もたちどころに眠るという薬剤を仕込ませたハーブティーをシルヴィに飲ませることにした。 なぜなら一緒に寝てくれないからだ…。 同意なきまま無体なことは絶対にしない。ただ数時間、添い寝をして眠る顔を見て、キス…するくらいだ。 この薬剤は摂取して3時間は絶対に起きることがないので安心して好きなことができた。

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