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第2章 オーディン 【8】肉塊

青空晴れ渡る清々しき日、再プロポーズにふさわしい朝だ。 昼すぎに学園に登校した私は生徒会室に向かい、この数日溜め込んでいた書類に目を通し決済印を押してゆく。 その合間にも考えるのはシルヴィのことだ。 放課後リムジンに乗り皇子宮へと戻るシルヴィは、リムジンに乗っている私を見つけ喜んでくれるだろうか? 寂しかったと、なじられるかもしれないな…フフ リムジンで高台に上がり、夕日の沈むのを一緒に見よう。 その後は、海辺のレストランを貸し切ってあるのでそこで食事をし、砂浜に降り再プロポーズだ。 婚約者は全て排除した。 砂浜に跪き、うやうやしく指輪を差し出し、生涯シルヴィ一人を愛すると誓うのだ。 早く放課後にならないかと顔がにやけてしまう。 そんな時、生徒会室にシルヴィが現れた。 あぁ…動くシルヴィを見るのは何日ぶりだろうか。ライラック色の瞳が今日も儚げで愛しい。 「シルヴィ」と呼ぶと私の元に駆け寄ってくるではないか、抱きしめそうになるがグッと堪える。 『どうして返ってこないの?』と聞かれ、やはり寂しい思いをさせていたのかと胸が痛むと同時に求められてる幸福感に包まれる。 待たせてしまったが、いよいよ今夜なのだ許してほしい。 「何かと政治のほうが忙しくてね」 だが今夜、再プロポーズだからと心のなかで告げニコリと微笑む。 するとシルヴィの顔が苦しげに歪んだ。 え…どうしてそんな泣きそうな顔をするのだ。 『ボク…皇子宮を出て叔母様の所に帰るね』そう言うと生徒会室を飛び出していった。 ボク、コウシキュウ、ヲ、デテ、オバサマ…… カエル………? 脳の思考が停止してしまった。 シルヴィが出ていった扉をただ見ていた。 オバサマ…カエル…? 言われた言葉が理解出来ない。どうしてそんなことを言うのかわからない。 今宵プロポーズをして結ばれ、永遠の愛を誓い合い生涯共に歩むのだ。 なのに… 「……追いかけなくてよのですか?」  役員の一人が私に話しかける 追いかける…?そうだ、追いかけねば――― 【影】である役員たちも走る、学園中にいる【影】たちに伝令が飛ぶ。 しばらくしてシルヴィにつけてある【影】から連絡が入った。 医務室に到着すると【影】がここに入ったと告げ、鍵がかけられているのか開かないと言った。 なんという仕事のできなさなのだ、開かないならば壊してでも入れと叱責する。 しびれを切らし自分でドアを蹴り破るとそこには―――。 ベッドに広がるプラチナブロンド、見えるその体に纏う布は1つもなく、覆いかぶさるように肉塊が白い足を抱えあげていた。 考える間もなく体が動いていた。 蹴り倒しベッドから転がり落ちる肉塊に拳を打ち込んでゆく。 肉塊のグロテスクな股間が目に入る、頭の中でプチリと音がした。 ひたすら殴った、殺してやる、許さない、その汚い手でよくも触ったな、その手を指を切り取り、私の大事な者を汚した罪の重さを思い知るがいい。 夢中で殴っていると、背後から愛しいシルヴィの声が聞こえた。 『…ォ……ディ……』 振り返ると、そこには全身を震わせ顔から血の気が引いている愛する人がいた。 乱れた髪、一糸まとわぬ姿、恐怖に歪む瞳 なぜこんなことに――― 既に動かない血まみれの肉塊へ再び拳を落とす。 跳ね上がる血が衣服にかかるがかまわない、この肉塊を地獄に送るのは私の役目だ。 背後でドスッと音がして、何かが私の足にまとわりついてきた。 足元を見ると震えるシルヴィが、這いずりながら私を見上げていた。 肉塊を投げ捨て、シルヴィに手を伸ばす。私の手も震えていた。 そうだ私が今すべきことは、シルヴィを一刻も早くこの場から連れ出し抱きしめることだ。 ベッドシーツを掴み、抱き上げたシルヴィを包み込むと私の手をキュッと握ってきた。 怯える瞳で肉塊を見下ろすと、声にならぬ叫びを上げた。 あの肉塊は生かしておくつもりはない、既にもう死んでいるかもしれない。 「ォ、ディ…オディン…」震える冷たい手が、傷ついた私の手を包み込む。 あぁ―――私のシルヴィだ。 「帰ろう…?」と告げると、ぎこちない微笑みを浮かべ何度も頷いてくれた。

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