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第4章 迷い 【1】夢の実現

シルヴァリオンが自分の部屋のバルコニーから遥か遠くの山の頂きをジッと見つめていたらフワリと後ろから柔らかいものに包まれ、それがシルファの布地であることがわかった。 「オーディン」 大きな腕に後ろから布ごと抱きしめられながら、顔を上げ降ってくるキスにこたえる。 「おかえり早かったね、これ今年の新布?」 「うむ 生産も織りも順調に進んでいるぞ、利益もすぐに上がってくるだろう」 あれから2年シルヴィは学園には戻らず、毎日夢の実現のために飛び回っていた。 エーリスに温泉掘削による水力発電、地熱発電を導入し、各家庭での練炭暖房の廃止からのパイプ温熱による床暖房の導入など近代化に向けて一気に進みだした。 エーリス王家の衣装にも使われているシルファの材料となる陽炎のような羽を持つ透明の生物【シルフ】からとれる糸を大量生産し、手先の器用なエーリス民にしか織れないと言われるシルファの布を他国に売ることで国力を上げ国民生活の向上を考えていた。 原案はシルヴァリオンだが、この夢の実現にはオーディンの力が絶大だった。 素案をまとめ大臣を説得し、経済界の支援を取り付け企業の選定など持てる力のすべてを使って助力した。 「なにをそんなに見ていたんだ?」 後ろから抱きしめながらシルヴィの耳にキスを落としながら問う。 くすぐったさに顔を顰めながらシルヴィが山の方向を指差す。 「んーあそこなんだけど」  シルヴィが指差す方向にキラリと光るものを認めたオーディン 「確かあそこは皇帝稜だな…」 「毎日この夕刻の数分だけ光が見えるんだよね、何かあるか知ってる?」 「気になるなら調べさせるが?」 「自分で何があるのか探しに行きたい」 抱きしめられるオーディンの腕を両手で掴み、見上げながらお願いする。 「ねぇ。だめ?」 シルヴィのお願いと上目遣いに弱いオーディンは承知するほかなかった。 出逢った頃のように皇子宮に閉じ込めることもなく、夢の実現のため大学や王宮へも自由に行かせてくれた(黒服付きなのは言うまでもないが) 「シルヴィの夢はそろそろ叶ったのではないか?」 出会った頃より更に背が伸び胸板も厚くなり、すっかり大人の体になったオーディンが暗に結婚を匂わせてくる。 それに反して成長が止まったのかたいして背も伸びず、顔も童顔なままのシルヴィ。 「…そうだねぇ」 いつまでも先延ばしにできないのはわかっていた。 大国シアーズ皇国の皇太子が17歳にもなって婚約者すらいないというのは異常事態だった。 シルヴィリオンのほうはというと、エーリス国唯一の跡取りが他国の妃として嫁ぐということも異常だった。 「来年のシルフの羽化を見にエーリスに行く時に両親に話をしてみるよ…」 留学してから2年、1度も帰国していなかったし、そろそろ1度帰国するべきなのは理解している。 だが、このような難問を相談するとなると足が重くなってしまう。 同性婚など神を冒涜する行為だと罵られるのは必至、きっと廃嫡の上、二度とエーリスに足を踏み入れることは出来ないだろう。 見上げると煌めく金髪が風に揺れ、空よりも青い美しい瞳が弧を描き幸せそうに笑う。 (王になって現世に戻るってのは諦めたけど…エーリスにまで戻れなくなっちゃうんだな) オーディンの首に腕を巻きつけ、背伸びをして首筋に顔を寄せる。 「オーディン…愛してる……、ずっと離さないでね?」 びっくり顔のオーディン。 フッと笑うと背中と膝裏に手を回し、軽々と抱き上げおでこにキスをしてくれた。 「神々が邪魔しようとも永遠に一緒だ、離しはしない…シルヴァリオン」

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