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第4章 迷い 【3】ケンカと仲直り
「ほらよっ!大サービスだ」
そう言って差し出されたのは、ボクの顔の数倍も大きい綿あめだ。
ふわっふわ真っ白の綿あめはこの世界にはなかったもので、ボクがお願いしてこの店主に作ってもらったのだ。
このお店は皇子宮の衛兵交代の観光客を目当てに出店したあのタピオカもどきのお店で、何度も買いに行くことで懇意になった。
観光客の人たちは新作のレインボー綿あめを買ってたが、ボクはオーソドックスなのが好きだった。
人差し指と親指でそっと綿あめをつまみ、口にいれると懐かしい甘い味が広がった。
観光客の若い女の子の集団がボクの写真を撮ろうとして黒服さんに注意されていた。
いい年の男が綿あめに夢中だなんて恥ずかしいけど大好きなので3日に1回は買いに来てしまう。
ピュウッとつむじ風が舞い上がり、ボクの髪が綿あめにかかりそうになる寸前で黒服さんが髪を手でまとめて防いでくれた。
「ありがとう」って言おうと振り向いたら誰かが黒服さんの手をひねりあげた。
グゥッ…
苦しそうにうめいた黒服さんは地面に膝を付き腕を後ろにひねられていた。
そこに立っていたのは真っ黒のサングラスをしてTシャツにジーンズというラフなスタイルの(たぶん本人は変装しているつもりの)オーディンだった。
(全然変装になってませんけど…)
煌めく金髪とサングラスなどでは隠しようのない超絶イケメン、スタイル抜群の男の登場に観光客から黄色い嬌声があがる。
「もうっ!何してんのさ、その手離してよ!」
押さえつけている手をペシペシと叩いてオーディンを睨みつける。
いつものことだが黒服さんがボクに触れたことで激怒しているんだろう。
押さえつけひねった手を更にひねりあげるオーディンを叱りつけるのはボクの役目だ。
「いまのは不可抗力でしょ!助けてくれたのにやめてよ、バカッ」
帝国の皇子様相手にバカって言っちゃった…だけど悪いのはオーディンだよね?
突き放すように黒服さんを解放するオーディン。
ボクは地面に伏して腕を痛そうに押さえている黒服さんに駆け寄り謝った。
「ごめんね、ボクのせいで…痛い?よね、ゴメン…」
痛そうにしている黒服さんの腕を触ろうとした瞬間、ボクの体がフワッと宙に浮いた。
オーディンに腰を抱かれ持ち上げられ、荷物のようにリムジンに放り込まれる。
綿あめは地面に落ちてしまった。
広いリムジンの端と端に座り、お互いの方を見ないようにする。
ボクが怒ってるのを感じ、しまったとは思っているだろうに謝る機会を失っているようだ。
ボクたちはめったにケンカはしないが、たいていの場合オーディンの嫉妬によりこんな感じのケンカ状態になる。
車は皇子宮を離れてゆく。
朝から大学の地質学の講義に参加していたボク。
オーディンは経済界のお偉方との上半期の経済動向についての報告会に参加してたはずなのに、なぜ皇子宮そばで買い食いしているボクの所に現れたのか…?
この世界にはまだGPSなんてものはないはずだけど、生きるGPSの黒服さんたちが常に近くにいるのだから不思議ではなかった。
車窓の風景が山地に変わっていく。この方角は…
リムジンが停車し降りた場所は大きな鉄の飾り門がある山道の入り口だった。
いつにないほどの大人数の黒服さんたちが他の車から降りてきて、門扉のカギを開け重そうにギギギと扉を開いた。
鬱蒼とした森の入り口に舗装されていない石畳の道がある。
ここはボクが行ってみたいとお願いしてた、バルコニーから見えたあの光るなにかがある山の入り口のようだ。
皇帝領であるこの山は一般人が立ち入ることはできない。
これだけの数の黒服さんが付いてくるところを見ると、未知の危険があるのかもしれない。
誰かに調べに行かせればここまで大事にはならなかったかもしれないのに、ボクが自分で調べたいって言ったから…
申し訳ないけどワクワクした。
門の中に入ったオーディンが眉をハの字にして、バツが悪そうにボクを見ている。
忙しい時間をやりくりしてこの時間を作ってくれたんだろう。
後ろの黒服さんたちを見ると、さっき腕をひねりあげられた黒服さんがいた。
今までのオーディンなら即刻クビにしてただろうに、お咎めはあれで済んだのかペコリとボクに頭を下げていた。
今まで数しれないほどの黒服さんがボクの前から消えていった。
原因はボクと仲良く話したからとか、間違ってボクの着替え中の部屋に入っちゃったとか、くだらないことばかり。
そのたびにケンカしては仲直りした、オーディンもこの2年で少しは進歩したんだろう。
ションボリとした顔で所在なさげに立ち尽くすオーディンに手を伸ばす。
「転びそうだから、手つないでくれる?」
ハッとしたように顔をあげ、すばやく寄ってきて指を絡めてギュッと握ってくれた。
そんな嬉しそうな顔して…黒服さんたちが見てるよ?
ボクが『このつなぎ方は恋人繋ぎって言うんだよ』って教えてからオーディンの手つなぎはこれ一択だった。
つないだ手のぬくもりが『もうケンカは終わりだよ』って告げているようだった。
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