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第4章 迷い 【4】望郷

涼し気な空気が澄み渡る深い山道の石畳は、長年放置されたにしてはキレイで歩きやすかった。 倒木が道の傍によけられた形跡もあり、あらかじめ黒服さんたちによって整備されたであろうことがわかった。 自分で調べたいと言ったのに先回りして整備されていることは不満ではあったが、危険がないようにとやってくれていることはわかってるので、気づかないフリをした。 オーディンと手をつないで何も話さずただ道を進んでいく。 視界が開けた先には小川が流れていた。 鳥のさえずり、樹々の香り、虫の音、風の吹き抜ける音、懐かしい水の香りと音… オーディンの手を離し川辺まで降りると、ボクの意識は一気に過去へと飛ばされた。 この風景は現世の故郷にとてもよく似ていた。 東京に出る前ボクは18年間、温暖な西の端の島で育った。 おばちゃんが一人で切り盛りするスーパーが1軒あるだけでコンビニなんかもない、島民も全員顔見知りと言えるくらいの田舎でボクは父母と兄と暮らしてた。 山の上の小学校の鐘が終業のチャイムを鳴らすと、ボクは友人たちと山の秘密基地に向かう。 洞穴を利用して落ち葉を敷き詰めただけのここは、同い年の友人二人と一緒に作ったボクらだけの城だった。 川で魚を釣ったり虫取りをしたり、日暮れまで毎日遊んだ。 あの日ボクは街まで出た母さんが買ってくれた新しい靴を履いてはしゃいでいた。 その靴は流行りのアニメキャラが描かれたビニール製の靴で、ここぞとばかりに友人に自慢した。 みんなが「いいないいな」という度に嬉しくってたまらなかった。 少しだけ履かせてよと、しつこく言う友人。ホントはいやだったけど片方だけを貸してあげた。 そしたら友人は靴を川の方にポーンと投げ捨ててしまった。 遠くに浮かんだボクの靴が、ユラユラと揺れながら急流にのまれていく。 川に入り手を目一杯伸ばして取ろうとしたけど、ボクの靴はみるみる流れていってしまった… その日の夜、叱られて目を真っ赤にした友人が親と一緒に「ゴメンナサイ」と謝りに来た。 自慢したボクも悪かったのだと「いいよ」って許した。 けれど… 大きくなってからも川を見るたびに靴が流れていく光景を思い出し胸が苦しくなった。 漁師の父さんと水産工場でパートで働く母さんの顔が思い出される。 東京の大学だなんて…と反対する両親に反発し、死にものぐるいで勉強して奨学金で進学を決めた時の寂しそうな顔。 両親のことは心配するなと笑って送り出してくれた兄。 あんなツマラナイ死に方をしたボクに怒っているだろうか? 王様になっていつか帰れるって思ってたから平気だった。 でも帰れないって自分で決めてから…… 考えないようにしていた現世のことが、津波のように思い出と共にボクの心を苛む。 「――――――――――――――――――っ!!!」 声の限りに泣いた。 懐かしい風景が望郷の念を呼び起こす。 心配したオーディンが抱きしめようとするのを振り払い、川辺の草を石を掴んでは泣いた。 帰れない…もう帰れないんだ… わかってたはずなのに… 心を引きちぎられるかのように苦しかった。

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