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第7章 神の手のひらの上で 【1】無慈悲

結婚初夜の次の朝 シルヴァリオンは洗面台の鏡とにらめっこしていた。 昨夜の情事のせいで赤くなった目元は凄まじく色気があり、プルンとした唇は艷やかでピンクに色づき美味しそうで人妻という響きが似合う…など、そんなこと思うよりもなにもシルヴァリオンは鏡に映る己の頭上に目が釘付けになっていた。 そこには時限爆弾のタイマーかのようなデジタルの数字がカウントダウンされていた。 【2613612】 【2613611】 【2613610】 と1の位が1秒に1づつ減っていく。 (何これ…?) 手で頭の上を触ってみるがなにもない。 左に体をずらしても頭上のソレがついてくる、鏡に書いてあるのでもないな。そんなシルヴィの様子を見ていたオーディンが後ろから抱きしめる。 「我が妃は朝から何を遊んでいるのかな?」たくましい腕に抱きしめられ後ろから頬にキスされる。 「ね、これ何だろ?」と指差し聞いてみたけどオーディンには何も見えないらしい。 そうこうしている間にも数字はどんどん減っていく。嫌な想像に悪寒が走る。 (これって…0になったらどうなるんだろう?) 心臓の音が早くなる。何?ボク幸せすぎて頭がおかしくなっちゃったんだろうか? 後ろから抱きしめるオーディンの腕を掴むボクの手が震えだす。嫌な予感がする。 神は『王様になれたら現世に戻してあげる』と言った。 なれなかった場合は―――? 真っ青になり冷や汗をかいているボクを心配したオーディンが王室医務官を呼んだ。 「お疲れが出たんでしょう」と医務官は点滴をしようとするが注射が大嫌いなボクは平気だからと断った。 「ちょっと寝たら治るから」心配げなオーディンが離れたがらないのを説得して一人にしてもらう。 みんなが出ていったのを見計らい、もう一度洗面台に行く。恐る恐る鏡を覗くとやっぱりタイマーはあった。 どんどん減る数字、体が小刻みに震える。 あと何時間?何日? 気づけば床にへたりこんでいた。 現世に帰れなくなるだけだと勝手に解釈していた。寿命までは平穏にオーディンと暮らせると思ってたんだ。 ヒドイ、ひどい、酷い… 神様どうして? オーディンが仕事でいない隙に、黒服さんにあの山にある廃神殿に連れてきてもらった。 川辺が見える場所で黒服さんたちにはこれ以上ついてこないように言い、一人で神の元へと向かう。 匠さんの手によってキレイにされた神棚にあの神がいた。 その下の匠さん製の祭壇にはボクが作った父母と兄の木彫人形と、ココを見つけてから週に2~3回は訪れ捧げてきた願いを書いた折り鶴がたくさん散らばる。 ボクは神を睨みつけ叫んだ。 「どうして!どうしてこんなひどいことするの?!」 ずっとボクの妄想かもしれないと思いつつ神の存在を信じて祈ってきた。 せっかくくれたチャンスを無駄にするボクを許してくださいって、オーディンとずっと一緒にいさせてくださいって、現世の家族が幸せでありますようにって、エーリスの父母も民も幸せになりますようにって、何度も何度も祈ってきたのに――― こんな形で神の存在をまざまざとかんじることになるなんて、こんなヒドイ… 頭の上のタイマーは刻々と減っていってるだろう。計算したらあと一月もないじゃないか。 「帰れなくたっていいって!だけど…だからこそ、オーディンと一緒にいさせてよ…結婚したばかりなんだよ?ひどいよ…10年…5年でもいいよ、オーディンと…ねぇダメ?贅沢なの?…ねぇったら!!」 怒りのままに折り鶴をはねのけて祭壇に突っ伏すと父さんの木彫人形がコロリと倒れた。 「ふぅ…っく」 涙が溢れ出す。 なんのために現世に帰ることを諦めたのか。オーディンと一緒にいたいがためだったのに… 神への恨みでどうにかなってしまいそうだった。

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