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黒服の記録簿  

十数年後のある日のお話です ――――――――――――――― まだ眠っておられる皇后陛下を鈴の音で御起こしする。7時0分 身だしなみを整えられるのをお手伝いし朝食の間へとお導きする。7時18分 昨夜、遅くまで洪水の被災地の慰問をされていてお疲れが見えるので王宮侍医に指示し薬湯を飲んでいただいた。8時13分 食後、探したい書物があるといわれる皇后陛下が王室図書館へと向われる。8時20分 お目当ての書物が見つからず王都の書店への買い物を所望される。侍従に伝える。9時22分 予定されていた施術院へと向かわれるため衣装替え。10時3分  迎えの車に黒服と乗車、施術院へ到着。11時14分  施術院院長と挨拶を交わされる。その際、同室していた職員が皇后陛下に予定にないお声がけしようとしたのを取り押さえるが、皇后陛下に咎められ解放する。 「その際に交わされた会話の内容がこちらになります」黒服長が別紙を差し出すとチラリと目を落とされた後、目線を戻される。 「面目ございません」腰を落とし頭を下げ処分を待つ60過ぎの白髪の黒服長に陛下は立つように促された。 「この程度で処分していては私がまた口をきいてもらえなくなる。今後、人改めを徹底せよ」 その後も、この日夕刻までの妃殿下の行動・話した会話・食された物が次々と報告されるのを黙って聞かれる皇帝陛下。 御婚姻後10数年たった今もご寵愛著しく、一人の側妃も娶らず仲睦まじいご様子であるが、政務が忙しく一緒に過ごせない時間が増えられ御労しい限りである。 今日、皇后陛下が向かわれた施術院は旧皇子宮を改装したもので、戦争で傷ついたものを癒し、近隣諸国からの難民を受け入れ身寄りのない孤児を養い育てる施設となっている。 シアーズ皇国の15あった属国は全て合併され、各元王族たちを首長として議会が開かれ統治されている。 属国であったころと違いシアーズ皇国による直接統治により法律が統一され、教育文化が近代化された。 統一までの道のりは険しく長いものであったが、もともと豊かで先進国だったシアーズと同等に栄えることのできた元属国の人々は満たされていた。 懸案であった跡取り問題も、皇位継承権を第2皇子様、第3皇子様、第4皇子様と後に続かれることで側妃を迎えることなく抑え込んでしまわれた。 「久方ぶりに小宮殿に戻ることができるな」 数年前、皇后陛下のご希望により皇帝陵のある山奥に小宮殿を建てられそこに住まわれるようになった。 川の流れるのどかなその山奥が皇后陛下にとって大切な場所であることはすべての黒服に伝説として語り継がれている。 皇帝陛下とは別居のような形となってはいるが、暇を作ってはそちらへお泊りになられるので我らの手配も重要である。 本日の報告書に添えられた皇后陛下の施術院の写真を見て微笑まれる皇帝陛下に我々の頬も緩む。 「戻ったら匠のところにシルヴィと向かうからそのように伝えておけ」 昨年より病で伏せっているわが父の見舞いに来てくださると… 瞳が潤むのをこらえ「光栄にございます」となんとかご返答する。 先は長くないと医師に言われて数か月、最期の時が迫っていた。父が意識のあるうちにとのご配慮であろう。ただの臣下である黒服に対する温情に、有難さに体が震える。 病床の父を思い出す。その枕元には、非公式にお見舞いに来られるたびに増える皇后陛下に贈られたいくつもの紙の鳥。それらを嬉しそうに手に取る父の姿。 小宮殿の黒服たちへ急いで陛下の帰宮を告げねばならぬのに、平伏したまま顔をあげることができない未熟者の私へと黒服長の檄が飛ぶ。 「急ぎ手配せよ。……そなたの家にもだ」 わかっております…わかっております……… 動けない私の肩へと温かな陛下の手を置かれるのを感じた。

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