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むかし王子だったボクは、ただのシルヴァリオンとして幸せな生を全うした
おっとぎーばなしっのーの王子でも~むっかし~は~とても、食べられない
アイスクリーム~ アイスクリーム~♪
ぼっくは~王子ではーないけれど、アイスックーリームをめし上がる♪
静かな森の川辺で子供らの歌が木霊する。
一人の子供がアイスクリームを手に、見上げながら問う。
「皇妃さまはむかし王子様だったの?」
川べりの東屋に座り、白いものが増えたプラチナブロンドに陽を受けながら目じりに皺を寄せ微笑むシルヴァリオン。
「そうだよ。北の寒い寒い国、エーリス地方にあった国の王子様だったんだ」
懐かしむように遠くを見つめる。
「ふーん、じゃ どうして王様じゃなく皇妃さまになったの?」
純粋な子供の問いに周りの黒服が動揺する。
「ふふふ 話すと長くなるなぁ」
膝にのせていた幼児がアイスクリームを食べ終え川に行きたいとむずがる。よっこらしょと立ち上がり手を引きながら東屋を出る。
「もう皇妃でもなくなったボクはただのシルヴァリオンだ」
誰に言うでもなく後ろにかすかに見える十字架を見上げる。
シアーズ統一を果たし、近隣国をも飲み込み大帝国となったシアーズ皇国。治世が安定したころにシルヴィの提案により議会制民主主義へと移行し、王制は廃止された。あれから数十年シルヴィは今年86歳を迎えていた。
手を引かれ向かった川面に映る姿。年齢相応に老いたが、美しかったであろう気品を感じさせる。
その頭上には懐かしいあのタイマーがあった。
数年前より徐々にオーディンを蝕んでいた病が、昨夜 愛する人を連れて行ってしまった。
膝をつき、まとわりつく子供たちの目線になって話しかける。
「みんな幸せになってね。ボクは祈ってるし見守ってるよ。みんなが自分だけの愛しい人を見つけ幸せになる姿を」
施術院の子供たちが素直に「はーい!」と大合唱する。
周りで肩を震わせ涙をこらえる黒服たちの中には施術院で育った後、黒服になった者もいた。
黒服に子供たちを預け、廃神殿へと向かうシルヴァリオン。そこにはたくさんの老いた黒服たちとオーディンがいた。
「綿さん…まただね、ごめんね」 困ったような顔で笑うシルヴァリオン。
「全くです、長生きなんてするもんじゃない」 すっかり腰が曲がり杖をついているが、未だに黒服を脱がない男が答えた。
匠の息子が作った寝台に横たわるオーディン。その手に手を重ねる。
皺に埋もれてわかりにくくなった右手の拳にうっすらと見える傷に愛し気に手を這わす。
「たくさんの愛をありがとう」腰をかがめ、返事のない唇に、唇を重ねた。
白くなった頭髪を撫で、その手を頬に滑らせる。
「すぐ行くから待っててね、置いていかないでよ?」 唇を尖らせ頬を膨らませた。
嗚咽を漏らす黒服たちに向き直り最期の言葉をかける。
「長い間…ほんとうに長い間ありがとうございました。
みなさんがいなければボクたちの幸せはあり得なかった。
ほんとうに感謝しかありません。」
平伏し地面に額をこすりつけるようにしていた黒服たちが顔を上げ「そんなこと!」「われわれこそ!」と口々に言葉を放つ。
「シアーズのこと…施術院のこと…よろしくお願いします。
みなさんの幸せも空から願ってます。
オーディンを待たせてるから、行きますね」
ニッコリと微笑み目じりに寄る皺、その顔に涙はなく嬉しそうだ。
神棚の下にはあふれんばかりの紙の鳥。その中には無数の愛の言葉がちりばめられている。
綻び何度も繕われた神の使いのぬいぐるみと、木彫りの人形も一緒に飾られている。
オーディン様の隣に横たわられ、閉じられたその瞳が開くことは二度となかった。
老齢の黒服は、そのお顔を見ながら微笑み言った。
「お仕え出来て幸せでございました。来世で無事で会われることをお祈りしていますよ」
廃神殿に降り注ぐ陽光が、迎えに来たかのように二人を照らした。
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