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prologue

「ここ置いときますね。」 「おーご苦労さん。すまんな、手伝わせて。」 「いえ」 いつも通りの放課後。 いつも通りに帰ろうとしたら担任に捕まった。 「悪いがこれ、職員室まで運んどいてくれ。」 思えばこの瞬間が俺の運の尽きだったのかもしれない。 何で俺なんすか。だって暇だろ?まぁ確かに。自分でもそう思ってしまったのだから、手伝う他無いだろう。 「…じゃあ俺帰りますね。」 「おう、気ぃ付けて帰れよ。」 「お疲れさまでしたー。」 「お疲れー。」 いつもと違う廊下を歩く。 眩しい西日と共に、窓から部活動に励む生徒たちの声が入って来ていた。 元気だな~。 「ふぁ~… 」 欠伸をしながら曲がった先にちらりと階段を上る人影が。 あれ?委員長じゃん。 それはほんの好奇心。 上の階には空き教室しかないのに、何の用なのだろうと気になってしまったのだ。 普段ならそんな事しないのに、何となく、俺は彼にバレないようコッソリと後をつけた。 しばらく進むと委員長は地学準備室に入っていった。 そこは今ではもう殆ど使われておらず、壊れた机や椅子などの物置と化している。 一体何を… 立て付けが悪く若干開いてしまっているドアの隙間、磨りガラスから見えないように身を屈めてそっと覗いた。 あぁ、なぜ俺はこんなことをしてしまったのか。 覗いた先に見えた光景に、若干の眩暈を感じつつも俺はその場から動けなくなった。 壁に背を預け床に座る委員長。 彼の、いつもはきっちりと閉じられたシャツの襟元が第2まで開けられ、ブレザーなど最早そこら辺に脱ぎ捨てられている。 捲られた袖から覗く白い腕には、真面目な彼には似つかわしくない煙の立ち上る一本の煙草。 マジか… 「フーッ……」 彼は手を口元に持っていっては白い煙を旨そうに吐き出していた 。 換気のためか、開けられた窓から入る風に乗って煙が俺のところまで届く。 ツン…と鼻にくる匂いはやはり煙草のそれらしい。 「あおい。」 「ッ!?!?」 不意に聞こえた男性の声に一気に俺の心臓が脈打つ。 「なに?せんせ。」 「煙草、俺にも頂戴。」 びっ……くりした…気付かれたのかと思った…ッ!!! どうやら俺ではなく、委員長に話し掛けていたらしい。 部屋の奥からチョークで汚れた白衣を着た眼鏡の男性が現れる。 もう1人いたのか…と言うかあれ、地学の冨田先生じゃん。 冨田先生は整った顔立ちとその若々しい見た目から女子からの人気が高い先生だ。 恐らくは、30代で落ち着いた雰囲気を纏っていることも人気の理由のひとつだろう。 「先生のクセに怒らなくていいの?」 「お前は怒ったってどうせ俺の言うこと聞かないんだろ。それより早く頂戴。」 「せっかちだな~」 そう言って委員長は持っていた煙草を咥えるとブレザーの内ポケットを探り始めた。 「あ、ごめん。これで最後だったみたい。」 「じゃあそれで良いわ。」 「えぇ、俺の分が無くなるじゃんか。」嫌そうな顔をする委員長の前で立ち止まった冨田先生。 徐に屈んだかと思えば次の瞬間、俺は動きだけでなく、息まで止まった気がした。 うそ… 「んンッ…ふっ……ッ、」 クチュ…と時折音を立てながら二人の唇が重なる。 キス、してる…、 どうしよう。見ちゃいけないのに、早くここから逃げないといけないのに、目が、離せない。 「ンむ…ッ……んッ、はぁ……」 スルリ…離れていく二人の間を繋ぐ銀糸が西日を反射し、キラキラと光って切れた。 「えっち。」 「……ふぅー…、言ってろ。それで煙草はチャラな。」 「えぇ?得したの先生だけな気がするんですけど。」 いつの間にか奪い取った煙草を吹かしながら先生が軽口を返す。 「こんな男前とキスできたんだ、煙草なんかより価値あるだろ?」 「ふふっ、イケメンにしか許されない台詞ですね。…ね、先生、もっかい。」 「んー…ふー……。やっぱ途中からだと短いな。あおい、口開けて、舌出せ。」 「ん。…ふぁ、ぁッ…へんへぇ……んぅ……」 チュッ、クチュ、クチュ… 水音の合間に聞こえる委員長の聞いたことのない声に、知らず知らず息が上がる。 すると合わさっていた先生の頭が、徐々に首筋、胸元へと下がっていき、それと同時に委員長のシャツの中に手を滑り込ませた。 「ぅぁッ、そこ、好き……ッ」 夕日のせいでなく染まった顔の委員長が、ぎゅっと先生の頭を抱き込む。 「あおい、そんなに抱きついたら動けない」 「だって…ッ、ん…はぁ…」 その時だった。 サラサラ揺れる黒髪の隙間から委員長の茶色い瞳が俺の方を向いて止まった。 「ッ!!!」 め、目が合っ…、ばれ……ッ 『……しー。』 焦る俺を尻目に、委員長は暫くじっと俺を見つめたあと、クスッと笑って唇に人差し指を当てた。 そのあと俺はどうやって家に帰ったのか、よく覚えていない。 ただずっと、その日の夜はドキドキと身体に響く程 酷く痛む心臓の辺りを、俺は握りしめて眠った。

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