どれくらい経っただろうか。 　阿佐美が戻ってくるのを待っていると、不意に、玄関口から物音がした。そして、すぐに扉がノックされる。 　……阿佐美か？鍵、そうだ、開けなきゃ……。 　うとうとしかけていた俺は慌てて立ち上がり、玄関口へと向かう。内鍵を解錠し、扉を開けた。 「しお……」 　――詩織。 　そう呼び掛けた名前は、扉の前に立っていた人物の姿を見て飲み込んだ。 　薄く笑んだ口元。そして、優しい目元。 　……今、会いたくない男がそこにいたのだ。 「阿佐美なら暫く戻ってこないよ。――あいつ、上のフロア行ってたみたいだから」 　志摩亮太はそう、なんでもないような顔をして続けるのだ。良かったね、とでもいうかのように。 「……っ！」 　どうして志摩が、と考えるよりも先に体が動いていた。咄嗟に扉を閉めようとするが、そんな俺の動きを読んでいたのだろうか。目の前、伸びてきた手に口を塞がれる。 「っ、ん、ぅ……！」 　強引に扉の中へと押し入った志摩は、後ろ手に器用に扉を閉めるのだ。 　ロックが掛かる音に絶望した。咄嗟に逃げようとするが、目の前の志摩が邪魔をする。そして、扉に凭れかかったまま志摩は笑うのだ。目を細め、嫌な笑みを口元に携え。 「……ねえ齋藤、俺からのプレゼントちゃんと食べた？とびっきりスペシャルなクッキーを用意してあげたんだけど」 「っ、な、んで……」 「なんであんなもの用意したのか？それとも、なんで鍵を閉めるのか？どっちだろう。それとも、そもそもなんでお前がここにいるのか……かな？」 「ねえ、なんでと思う？」そう目を細め、志摩は俺に笑みかけてくるのだ。 　……阿佐美の言った通りだ、恐らく、志摩は悪意を持ってあのクッキーを用意した。何を考えてるのか俺には理解し難いが、それだけは間違いない。 「……っ、そんなの、わかるわけ……」 「……本当に？」 「……っ！」 　伸びてきた手に頬を撫でられそうになり、咄嗟に押し退けた。慌てて逃げるように距離を置けば、志摩は諦めたようにただ笑うのだ。 「あの阿佐美の様子からして、『何か』あったんだろうなって思って見に来たんだよ。……けど、残念。その様子だったらまだ未遂だったんだね」 「……っ、なに、言って」 「残念だな。本当は言い逃れできないようにするつもりだったんだけど」 「今度はアイツにも媚薬仕込んどかないとな」そう、ポケットに忍ばせておいた携帯端末を手にした志摩は笑う。 　少しでも、まだ、本当はただの気のせいで志摩は本当に俺に謝るつもりだった。……そう、信じていたかった。けれど、現実はどうだ。阿佐美の読みは当たっていたということだ。 　――それも、最悪の形で。 　理解したつもりでいたのかもしれない。 　志摩にだって良いところがあって、話したら分かってくれると。けれど、実際はどうだ。阿佐美の言っていたことがが的中しているではないか。それも、最悪の形で。 「なんで……そんなこと」 「本当にわからない？……これっぽっちも？見当もつかないの？」 「だとしたら、ショックだな」なんて、まるで自分が被害者だとでも言うかのようなその笑顔に、言葉に、腹の奥底からぞわりと込み上げてくるのは確かに嫌悪感によく似ていた。 「齋藤が阿佐美の肩を持つのが腹立つから。あいつも俺と同じように嫌われたらいいのにって思ってさ」 　冗談ではないとわかった。志摩は、この男は本気でそんな理由でこんなことをしたのだと。毛頭理解できない。そんなに俺が気に入らなかったのか、だからって阿佐美を巻き込もうとする志摩にぞっとした。言葉を失う。 「……何その顔、もしかして、信じられない？俺の言うことなんて宛にならないって思ってる？」 「……っ」 「本当、正直者だね。齋藤は」 　伸びてきた手に肩を掴まれる。食い込む指に、堪らずその手を払い除けようとすればその手首ごと取られた。 　そのままぐっと引っ張られ、ぎょっとしたすぐ鼻先に志摩の顔が近付く。背筋の凍るような冷ややかな目。 「阿佐美とはどこまでいった？キスくらいはしたのかな？」 「そんな、わけ……ッ」 「ああ、そうなんだ」 　ないだろ、と言い終わるよりも先に、視界が影に覆われた。唇に押し当てられる柔らかく熱い熱に全身が凍りつく。何度も忘れようとした光景、そして感覚に思考が停止する。 「っ、……ッ」 　何がしたいのか、なんでこんなことを、なんて志摩に問い詰めたところできっと返ってくるのは『ムカつくから』なのだろう。それでも、少しでも志摩のことを信用していた自分を今度こそ跡形もなく砕かれた。 　必死に手を振り解こうとするのに、顎の下、首を締めるように固定されれば息苦しさに口を開いてしまい、そこから舌が入り込んでくる。ぬるりとした滑った熱い感触に、全身の血液がより一層熱さを増すのがわかった。 「……っ、ねえ……それ、もしかして抵抗してるつもり？」 　唇に吹きかかる吐息に、掠める前髪。笑う志摩に見据えられ、顔に血が集まるのがわかった。 「それとも、煽ってるの？」 　顎を掴まれ、耳に唇を押し当てられる。鼓膜に直接流し込まれるように囁かれれば不可解な感覚が腹の内側にぞわりと湧き上がるのだ。 　やめろ、と必死に志摩から逃れようとするが、体が思うように動かない。志摩が混入した異物のせいなのか、そうだと思いたい。ふらつく足元に、揺らぐ視界。倒れそうになって、志摩に抱き寄せられる。 「っ、離し、……ッ！」 　離してくれ、と懇願するよりも先に伸びてきた手に腹部を撫でられ、思わず息を飲む。声が漏れそうになり、口を抑える。股間に伸びるその不躾な手を止めようとするが、力が入らない。衣類越し、膨らんでいたそこを指の先でなぞられれば堪らず奥歯を噛み締め、声を殺した。 「こんなに硬くして何言ってんの。阿佐美にちゃんとしてもらわなかったんだ」 「……っ、し、ま……っ、待……っ」 　待って、という言葉は続かなかった。ウエストのゴムを引っ張るように下着の中へと入ってきたその手は躊躇なく直接性器に触れてきたからだ。嘘だろ、と志摩の腕を掴むが、遅かった。下着の中、先走りで既に湿っていたそこを優しく撫でられれば濡れた音が響くのだ。 「すごい濡れてる」と耳元で笑う志摩に、カッと顔に熱が集まる。 「物足りないんでしょ。いいよ、俺が抜いてあげる」 　恐ろしいことを口にする志摩に、血の気が引いた。そんなはずはない、そう言いたいのに、指先でつうっと円を描くように先端を撫でられればぞくりと腰が揺れるのだ。 　違う、やめてくれ、そんなことしてほしくない。首を横に振って懇願するが、志摩は更に目を細めて笑うのだ。「嘘吐き」と。 　亀頭と竿の境目を親指で撫でられ、そのまま下着をずらすように引っ張り出されれば、いつの間にかに限界まで勃起していたそこに志摩は満足そうに笑うのだ。 「ねえ、嫌ならなんでこんなに勃起してるの？」 　直視することもできなかった。見られたくなかった、そんなこと、俺が一番知りたい。本来ならば萎えなければおかしい場面にも関わらず、萎えるどころか意識すればするほど全身の血液が下半身に集中するのだ。 　裏筋を指で撫でられただけで睾丸の皮が引っ張られるように痛くなる。熱い、触られただけなのに、じんじんと痺れるようだった。弄ぶように性器を撫でられるだけで、先程射精したばかりで敏感なそこは既に限界が近かった。やめてくれ、これ以上は本当にまずい。そう、首を何度も横に振ってせかむが志摩はその手を止めるどころか、そのまま指で輪っかを作るように握るのだ。 「っ、ん、ぅ……ッ！し、ま……ッ！」 　駄目だ、志摩。やめてくれ、これ以上は。 　滲む視界。頭の中バクバクと響く自分の鼓動。根本から先端部まで、垂れている先走りを塗り込むように手のひらごと上下されればそれだけでぎゅっと瞑った瞼の裏がチカチカと点滅する。先走りは止まるどころか量を増す。それを更に指で絡め取り、緩急つけて上下摩擦されればそれだけで下半身に力が入るのだ。 　していることは自慰と変わらない。違うのは、俺のものを扱いているのが他人の手だということだけなのに。それだけで熱はいつも以上に増すのだ。 「すごい、どんどん先走り溢れてくるよ。イキそう？イキたい？そんなに俺の手は気持ちいい？恋人でもなければ、好きでもない俺にシコられて気持ちいいんだ？」 「っ、は、ァ……ッ！や、め……ッ！」 「素直に言わないとやめないよ」 　下腹部にきゅう、と力がこもる。気持ちいい、なんて言いたくなかった。認めたくなかった。認めてしまえば自分の中で何かが壊れるような気がしたからだ。気持ちよくない、と首を横に振れば、志摩の表情から笑みが消える。そして、「ああ、そう」と冷たく目を細めた志摩はそのまま更に執拗に攻め立ててくるのだ。 　ぐちゅぐちゅと粘った音が響く。熱い。滲む汗を拭うこともできず、俺はまともに立つこともできなくなっていた。辛うじて志摩の腕にしがみつくことが精一杯で、そんな俺に追い打ちを掛けるように志摩の執拗な愛撫は激しさを増していく。 「ッ、ふ、く……ッ、ぅ、……ッ！」 　気を許せば、今すぐにでも射精してしまいそうだった。それほどまでに強烈な快感に、ぶわりと全身の毛穴という毛穴が開き、玉のような汗が吹き出す。全身を巡る血液が沸騰しているようだった。絶妙な強弱に、片方の手で口を開いた尿道口、その窪みを穿られながら絞られるのだ。馬鹿みたいに滲む先走りに、志摩も気付いているのだろう。俺が虚勢を張ってると。容赦なくイイところを確実に攻め立ててくる志摩の手から逃げることはできなかった。 　壁際へと追い込まれ、ビクビクと逃げる腰を押し付けられ、亀頭ごと柔らかく潰された尿道口は呆気なく精を吐き出した。それでも志摩は手を止めない。びゅる、びゅ、と断続的に熱を垂らすそれすらも潤滑油にするつもりなのかたっぷりと指で拭うのだ。その動作すらも、敏感になったそこには十分な刺激だった。 「っは、齋藤は気持ちよくなかったんだよね。……なら、こんなんじゃまだ全然物足りないでしょ」 「っ、や、も……ッやめ……ッひ、う……ッ！」 　下着を大きくずらされそうになり、咄嗟に手で抑えようとするが力が入らなかった。逃げ腰になる俺の腰を抱くように、そのまま志摩は精液で濡れた指先で臀部、その谷間を左右に割り開くように大きく指を這わせたのだ。 「っや、だめ、志摩……ッ！」 「へえ？阿賀松や芳川会長はよくて俺は駄目なの？」 「……ッそ、れは……」 　違う、駄目に決まっている。そう言えばいいのに、その目に見据えられれば一瞬なにも考えられなくなる。竦む足。口を閉じたそこを撫でるように指を這わされ、息を飲んだ。志摩がなにをするつもりなのかわかってしまったから、これ以上は本当に戻れなくなるとわかったから。俺は、「駄目だ」と声を上げた。瞬間、志摩の動きが止まった。 「っ、俺は、志摩と、こんなこと……したく、ない……ッ」 　ここに来て、初めてできた友達だから。友達と呼ぶにはあまりにも歪だが、それでもまだ心の底から憎むことができなかった。志摩ならきっとわかってくれる。そう、信じて懇願したときだった。 「……ああ、そうなんだ」 　そう、志摩の声のトーンが落ちたことに気付いた時には遅かった。 　肛門付近を撫でていたその指が、問答無用で捩じ込まれる。その衝撃に、圧迫感に、堪らず俺は目を見開いた。痛い、というよりも、苦痛。そして違和感。濡れた指は、既に何度も指よりも何倍も質量ある異物を咥え込んだそこにあっという間に埋め込まれるのだ。吹き出す汗、声にならない声が漏れる。 「っ、し、ま……ッ！」 「嫌なら、もっとちゃんと抵抗したら？」　 「っふ、ぅ、……ッ抜い、ひ……ッ！」 「人の指咥えて離さないのは齋藤の方でしょ。ほら、わかる？吸い付いてくる」 　気持ちよくない。こんなの、痛いだけだ。苦しいだけだ。屈辱なだけだ。そう思うのに、拒めない。志摩から逃げようと壁に手を突くが、壁に体ごと押し付けられるように奥まで一気に捩じ込まれたその長い指は今度は中を探るのだ。本数を増やし、ばらばらに中を舐られる。気持ちよくない、気持ちよくない、気持ち悪いだけだ、泣きたくなるほど情けない。そう思うのに、俺の意思なんか無視して頭を擡げ始める下半身に気付いた瞬間絶望する。やめろ、やめてくれ。そう言いたいのに、円を描くように内壁を撫でられ、精液を塗り込まれる。臍の裏側付近を指の腹で撫でられ瞬間、鼓動が大きく跳ね上がった。 「っ、は、ぁ……ッ」 　胸の奥、どろりと溢れるような快感の波に耐えられず息が漏れる。背後で志摩が笑う気配がしたとき、震える腰を捉えられた。 「震えてるね？まだ気持ちよくない？」 「っ、ゅ、指、抜いてっ、志摩……ッしま、……っ」 「嫌だ」 　即答だった。必死に足を閉じて抵抗していた俺のその股の間に捩じ込まれる膝の頭により強制的に足を開かされる。それどころか、突き出すように掴まれた腰、最も触られたくないそこを指で揉むように執拗に刺激されればそれだけでどうにかなりそうだった。出したくもない声が漏れてしまう。嫌だ、とか、だめ、とか言おうとする度にその言葉は途切れ、吐息混じりの呻き声に成り果てる。持続的な快感に、馬鹿みたいに溢れ出す先走りに、自分の体がおかしくなってしまったのではないかと怖くなるほどだった。漏らしてるような感覚に血の気が引く。けれど、白濁混じりのそれは確かにカウパーだ。 「っ、は……っ、ぅ、……ッふ……ッ」 「齋藤、もう抵抗しなくていいの？」 「……ッ、し、ま……ぁ……ッ」 「気持ちいいんでしょ。アナル穿られてこんなに汁垂らしてさぁ、ねえ、自分がなにされてるか分かってる？」 「っ、ぁ、い、やだ、志摩……ッ」 「……本当、最悪。ねえ、なにこれ。抵抗する気あんの？準備万端じゃん」 　指を引き抜かれたと思った瞬間、解されたそこを大きく広げられ、息を飲む。恥ずかしいどころではない。情けなさで泣きそうになる。違う、こんな、こんなつもりではない。そう言いたいのに、心も体も何もかもが噛み合っていない。 　咄嗟に志摩を突き飛ばして逃げようとするが、伸ばした腕を捕まれ、更に体を抑え込まれる。 「っ、志摩……ッや、め……お願い、だから……ッ」 「……あのさぁ、齋藤。それ、これ勃起させながら言うセリフじゃないでしょ」 　射精したばかりにも関わらず反応し始めている性器を指で跳ねられた瞬間、体が大きく震える。ひっ、とひくつく喉。人の顔を覗き込んだ志摩は笑う。そして、主張するその奥、硬く閉じるそこに押し当てられる感触に息を飲んだ。汗が滲む。 「っ、他のやつにもそんな顔見せたと思うと……腹立つなぁ……っ」 　背後から聞こえてくるジッパーを下ろす音。嫌だ、と逃げようとするが、わざと腰を押し付けるように腰を捕まえてくる志摩に背筋が震えた。 「や、め……志摩……っ」 　頼むから、やめてくれ。そう懇願しようとした瞬間だった。腿に食い込む指に力が入る。瞬間固定された下腹部、左右に割り拡げられた肛門に明らかに指とは比べ物にならない質量が捩じ込まれた。 　息を吐くこともできなかった。ず、と体重をかけるように背後から伸し掛かってくる志摩。逃げようとするが、重みで逃れない。最も突っ張った嵩により拡げられた肉輪は強引に挿入される異物を受け入れることしかできなかった。 　声も出なかった。 　指の先まで痺れ、限界までみっちりと異物が詰まった体内、自分の体の中がどうなってるのかすら、理解したくなかった。息を吐く。汗が止まらない。視界がぶれる。 「入っちゃった」と、笑う志摩の声が耳元で響く。いつもと変わらない、軽薄な声。妙に明るく穏やかなその声が、今はただ恐ろしかった。 　いっそのこと嫌われた方がましだ。 　無視されて、お前のことなんて大嫌いだと、そう一言言ってくれたら俺だってもう二度と関わらない。 　また以前のよう戻ることができるかもしれない。そんな甘い考えを捨てることもできたのに。 　それすらも許してくれない。 「っ、ふ、ん、ぅ、……ッ！」 　恋人のように何度も唇を重ねた。唇を吸われ、甘皮を噛まれ、舌を絡み取られ、唾液を飲まされる。その最中もずっと下腹部は繋がったまま、何度目の射精かすらも覚えていない。 　気持ちいいかどうか感じる余裕もなかった。ただ、貪り食われる。離れることを許さないとでもいうかのように執拗に肌に触れられ、愛撫され、射精をした。それほど時間も経っていないのかもしれない。わからない、近くの時計を探す気力もなかった。 　全身が濡れ、肌に張り付く服が冷たくて気持ち悪く感じたことだけは確かだった。 　引き抜かれた性器に反応し、腰がぶるりと震えた。同時に色のない半濁の液体がどろりと性器から垂れる。ようやく終わったのだろうか。ぼんやりと考えながら、涙すらも乾いた引きつった顔面に志摩の手が触れる。汗で張り付いた前髪を掻き上げられれば、霞む視界に志摩の顔が写り込んだ。 「はッ、……んぅ……」 「……っ、齋藤……そんなんだから、付け込まれるんだよ……ねえ、なにその顔……っ」 　どんな顔をしてるのか確認する術などなかった。 　それでもそう口にする志摩は愉しそうで、中に出された精液が垂れ流れるのを感じながら俺は志摩にされるがままに唇を受け入れた。 　辛抱すれば終わる。耐え忍べば、いずれ。 　そんなの、志摩が言ったわけでもない。けれど、抵抗してもっと酷いことされるよりかはましだ。 　諦めていた。これ以上酷いことなどあるのか、そんなこと自問すればその答えは火を見るより明らかなはずなのに俺は目を反らしていたのだ。 　だから、これは自業自得なのだ。 「っ、……齋藤、駄目でしょ、もっと嫌だって、抵抗してくれないと……っ」 「……ッ、ん゛、……ふ、ッ、ぅ……ッ！」 　疲弊した体をベッドへと連れて行かれ、うつ伏せに犯される。立ったときよりもより深く挿入することができる体位は今の俺にとって苦痛以外の何者でもなかった。 　酷い男だと思う。俺が抵抗したからこそ、こんなことをしているのに。わかってて口にしているのだろう 　喘ぐ気力もなかった。目の前の枕に顔を押し付け、声を殺すことが精一杯で、ピストンで奥を突かれる度に逃げる腰を掴んでは更に志摩は執拗に奥を舐るのだ。恥ずかしい格好で、情けない顔で、ただ友達と思っていた男に欲をぶつけられる。自分が何をしてるのかすら考えたくなかった。ただ、枕を抱き締め、志摩が解放してくれるのを我慢することが精一杯の保身だった。 「齋藤……ッ」 　名前を呼ばれる度に、胸の奥が揺さぶられる。人として扱われない方がまだましだと思えるほどだった。何度目かの絶頂かもわからない。肩を掴まれ、根本奥深くまで挿入された性器に内壁を執拗に擦られるだけ。それだけのことだが、長時間の挿入に既に過敏になっていたそこにとっては十分なほどの強い刺激だった。ガクガクと痙攣する下腹部に熱が広がる。 「っ、……は、ふ……っ、ぅ……っ」 　喘ぐような呼吸を繰り返す。志摩の手が頬に触れ、顔を上げさせられれば唇を重ねられる。その手を払い除けることもできなかった。 　朦朧とした意識の中、俺はただ志摩を受け入れることしかできなかった。 　俺への復讐のつもりなのか、意趣返しにしては悪質だ。それでも、だとしたら大成功だ。志摩は俺のことをよくわかってる、俺がどうすれば傷付くか、よく理解している。 「……ゆうきく……ッ？！」 　玄関口が開いたかと思えば、阿佐美が帰宅したらしい。思いの外早い帰宅だった。もう、帰ってこないかと思った。もっと早く帰ってきてくれていたら、そう思う半面、会いたくないという気持ちの方が強かった。 　どんな顔をすればいいのか、この部屋の異質な空気に気付かれるのではないだろうか。そんなことを考えては顔を上げることすらできない俺とは対象的に、志摩はいつもと変わらない。それどころか。 「遅かったね、阿佐美。俺としてはもう少しゆっくり帰ってきてくれても全然良かったんだけど」 「志摩、お前……なんでここに……」 　当たり前のように居座る志摩に困惑した阿佐美だったが何かを察知したらしい、「まさか」と顔を顰める阿佐美に全身の熱が引いていくようだった。 　敏い阿佐美のことだ。阿佐美が何を言わんとしてるかわかったのだろう、志摩は肩を竦めて笑った。 「何もしてないよ。……　阿佐美が齋藤にしたみたいなことなんて何もね」 「……ッ」 　咄嗟に、立ち上がった俺は阿佐美の腕を掴んでいた。今にも志摩に掴みかかりそうだったからだ。そんな気がしたから、俺は阿佐美を止めた。 　長い前髪の下、確かに二つの目は俺の方を見ていた。ゆうき君、と何かを言いたそうな阿佐美だったが、冷静を取り戻したようだ。 「……何もしてないわけないだろ、変なもの混ぜた食べ物をゆうき君に送るなんて」 「変なもの？なんのこと？」 「志摩、お前」 「へえ？それともなに？……何かあったのを、俺が善意で渡したプレゼントのせいにするつもり？確証もなしに」 　酷い話だよね、本当。なんて。どの口で言っているのかこの男は。向けられる視線に、含んだその言葉に、俺はただ何も言えなかった。吐き気がする。俺は、少しでもこの男を信じようとしていた。信じたかった。けど、実際はどうだ。 「……何がしたいんだよ、お前は」 「金輪際齋藤に関わらないで。お前のせいで齋藤が余計なことに巻き込まれるんだよ」 「手始めに部屋を別れてよ。阿佐美、特待生のお前ならできるでしょ」冷たくなる。目の前が白くなっていくのだ。この男が何を考えているのかわからなかった、わかりたくない。阿佐美も志摩の意図を理解したようだ。「そういうこと」と、小さく吐き捨てられた言葉は冷たく部屋に響いた。そして。 「――……言われなくても、そのつもりだよ」 　耳を疑った。思わず顔を上げれば、阿佐美の顔があった。相変わらず表情は読めない。それでも、その言葉に嘘偽りはない。 「明日中には出れるように申請してよ。そして金輪際齋藤に近付かないで」 「待っ……なに、勝手に……」 「わかった。その代わり、そっちこそゆうき君に妙な真似をするなよ」 　詩織、どうして。俺を無視して勝手に話が進んでいることが恐ろしかった。どうして、そんな。俺のせいか。なんで。志摩はそんなに俺のことを苦しめたいのか。 　待って、やめてくれ。そう言いたいのに、体が、舌が縺れて思うように動けない。そんな俺を一瞥し、志摩は「阿佐美次第かな」と口にした。 　志摩が部屋を後にして、再び部屋に沈黙が流れる。 　ようやくあいつがいなくなって、阿佐美と二人きりになれたのに安心感などまるでなかった。 　先程の志摩と阿佐美のやり取りを反芻しては、遣る瀬無い悔しさが込み上げてくる。詩織、と恐る恐る俺はその背中に声をかけた。 「詩織……っどうして……あんなこと……」 「ゆうき君……ごめん」 「……っ、なんで……」 　なにがごめん、なんだ。阿佐美は何も悪いことしてないのに。悔しくて、寂しくて、切羽詰まった胸の奥。上手く言葉を紡ぐことができなかった。 　なんで、どうして、と繰り返すことしかできない俺を、まるで可哀想なものでも見るかのように阿佐美はそっと触れるのだ。大きな手のひらが俺の頬に触れる。その仕草にさえ先程までの志摩との行為を想起させられ、無意識の内にびくりと体が震えた。阿佐美は、すぐに俺から手を離す。そして。 「ゆうき君、あいつの言うことも間違ってないんだ」 「ど、して……」 「とにかく……明日、放課後までには出れるようにするから……それまで待っててね」 「っ、詩織、待って……」 　部屋から出ていこうとする阿佐美に、行かないでくれ、と手を伸ばそうとするが、阿佐美は「ごめんね」とだけ呟いてそのまま部屋を出ていった。 　ぽっかりと空いた様な虚脱感に、俺は何も考えることができなかった。謝るくらいなら、側にいてくれ。そんなこと我儘だとわかってる。実際に口にすれば、優しい阿佐美は朝まで俺のそばにいてくれるだろう。 　それを実行できなかったのは、阿佐美も苦しんでるということがわかったからだ。俺のせいで、阿佐美にまで迷惑がかかってしまう。 　実際、志摩は阿佐美を陥れようとした。それも最悪な形でだ。そう考えたら、阿佐美の言うとおりにするしかないのだろう。なんでこんなことになったのか。悲しいというよりも、ただ、苦しい。 　体も心も、まるで自分のものではないかのようだった。