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『どうだ?』 『……やっぱり何も無いみたいですね』 『もしかしたらさっきの物音は逃げたのかもしれないな』 『なら他のところ見てみますか?』 『そうだな』  そうだ、そのままさっさとどっかに言ってくれ。  色々な意味で窮屈さで押し潰されそうになりながらもそう念じていると、不意に正面の志摩と目があった。  瞬間、志摩はにこりと微笑む。……とてつもなく嫌な予感。 「……っ、……」  変なことしないでよね、と先にやんわりと志摩の腕を掴み引き離そうとしたときだった。何を勘違いしたのか、そのまま志摩は顔を寄せる。 「っ、ん……っ!」  唇に触れる感触に、『正気か』と俺は目の前の志摩を見た。まさか流石にそこまで愚かではないと思っていたが、どうやら俺は志摩を買い被っていたのかもしれない。  ちゅ、ちゅ、とここぞとばかり唇から顔中へと落とされるキスに、俺は耐えきれず志摩を睨んだ。しかし、志摩の目に反省の色はない。  それだけではない。志摩の行動に気付いた栫井が呆れたように溜息を吐く。 「おい馬鹿、何やって……」 「っ、ぅ、ん、ふぅ……っ」  にも関わらず、志摩は止めるどころか再び唇を重ね、そのまま角度を変えて深く唇を貪ってくるのだ。  バシバシと志摩の背中を叩き、なんとか止めようと試みた矢先だった。振り上げた手が、近くの用具にぶつかってしまう。  そして。 「ッ!」 『ん?』  やばい、気付かれたか。  離れたと思いきや再びこちらへと戻って来る足音。倉庫内に緊張が走る。  こんなところ見つかってしまえば立場云々どころの問題ではない。やばい、どうにかしなければ。  そう思うのに、目の前の志摩は離れることすらしないのだからどうしようもない。  気ばかりが焦り、頭がパンクしそうになっていた。――その時だった。 「ニャ……ニャー……」  すぐ背後から猫の声が聞こえてきた。ここに猫なんていない。ならば、と俺は戦慄した。  恐る恐る背後を振り返れば、すごい顔をした栫井がこちらを睨んでいた。こっちを見るんじゃねえという顔だ。  間違いない、あの栫井が猫の声真似をしたのだ。そう気付いた瞬間別の緊張が走る。  猫に似てるとかそれ以前に、まさかあの栫井が猫の声真似をするなんて。そして、その完成度は高かった。 『なんだ……猫か』 『おーい、どうしたー?』 『いや、何でもないっす!今戻ります!』  そして、バタバタと倉庫を出ていく警備員。  今度こそ出て行ったようだ。再び周囲に静けさが戻ってくるのを確認した時、ようやく志摩は俺から唇を離す。 「っ、ぷは……ッ!」 「テメェ、どういうつもりだ……っ」  栫井にまた怒られた、と思いきや今度の矛先は志摩に向いているようだ。 「どうって、齋藤がうっかり声出さないように塞いだだけだけど?」 「余計バレそうになってただろうが、馬鹿が」 「それは俺のせいじゃないよ」 「ね、齋藤」とこちらを見詰めてくる志摩。  なんだ、もしかして俺のせいだというのか。  確かに俺が叩いたせいかもしれないけど、だからと言って俺のせいなのか?……俺のせいか。 「……っい、いや、志摩がいきなり……」 「よく言うよ、あんな目で見てきたくせにさ」 「な……何、言って……」  あんな目ってどんな目だと気になったが、聞きたくない気もしてきた。  なんかいい感じに責任転嫁させられそうになっているが、元はと言えば志摩だ。志摩がキスしなければここまでヒヤヒヤすることもなかったはずだ。 「栫井の言う通りだよ。あの時栫井が猫の真似してくれなかったらバレてたかもしれないんだからね……!」 「大丈夫大丈夫、あんな下手くそな声真似で本物の猫と思い込むお馬鹿さんなら簡単に撒けたよ」 「ひ、酷いよその言い方は。せっかく栫井が機転利かせて猫の真似したのに……っ!」 「……おい、猫猫言うのやめろ」  どうやら栫井としても猫真似は不本意だったらしい。かなり不愉快そうな栫井に慌てて俺は口を閉じる。  しかし、志摩は。 「……齋藤は随分と栫井の肩を持つんだね」  どうやら栫井を味方する俺が気に入らなかったようだ。別にそんなつもりではなかっただけに、指摘され「え」と困惑する。志摩はそのまま背後の栫井を睨みつけた。 「っていうかお前もお前でいつまで齋藤のこと抱き締めてるつもりなの?」  その言葉に、俺は栫井の膝の上に座っていることに気付いた。そのまま背後から抱き竦められるようなその体勢に栫井も気付いたらしい。 「……っ、退け、重いんだよ豚」 「ぶ……っ?! ご、ごめん……!」  豚呼ばわりは流石にショックだが、栫井に負担をかけるのは俺も本意ではない。慌てて栫井の上から退こうとしたとき、今度は伸びてきた志摩の手に手首を掴まれる。 「齋藤は重くないよ、栫井が筋肉ない貧弱野郎なだけなんじゃないの? ほら、齋藤こっちにおいで。俺ならいつまでも齋藤を抱っこしてあげるから」 「い、いいよ、もう……」  と言うか別に抱っこしてもらいたいわけでもないし。 「遠慮しなくていいから」 「いいってば。志摩、止めてよ……っ!」  二人きりの時ならいざ知らず、今は栫井がいる。あまり人目を気にしない志摩は野放しにしておくと、このまま何を仕出かすかわからない。  ぐいぐいと引っ張ってくる志摩の手を振り払ったときだった。瞬間、志摩はぴたりと動きを止めた。 「は? ……なんでそんなに嫌がるの? 俺のことが嫌なの? そんなに猫真似しかできない栫井の方がいいわけ?」 「俺を巻き込むんじゃねえ」と栫井が吠えるのを無視し、志摩は「俺はこんなに齋藤のことを本気で考えているのに」とこめかみをヒクつかせる。  なんなのだ、これは。子供の言い争いに巻き込まれたような気分だった。  確かに栫井は関係ない。けれど、ここは志摩にハッキリ言わなければならない。志摩のことを受け入れたいとは思うが、ここまでくるとただの我儘だ。 「……本気で考えてくれてても、今のはよくないよ。志摩。それなら栫井のがいいよ」  その辺の空気はちゃんと読んでくれるし、と言い終わるよりも先に、手首を掴む志摩の手に力が籠もるのが分かった。  言葉を選んだつもりではあったが、もしかしなくても俺はそのチョイスを間違えたのかもしれない。  凍りつく志摩、その前髪の下の表情を確認するのがただ怖かった。

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