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――見回りだ。それも近くまできている。
どんどんとこちらへと近付いてくる足音に、俺達の間に緊張感が走る。
「しまったな……齋藤、早くこっちに――」
分かった。そう、こちらへと手を差し出してくる志摩に応えようとした矢先だった。背後から伸びてきた腕に首根っこを掴まれる。瞬間、大きく視界が傾いた。
「え、あ、うわっ!」
転ぶ――そう咄嗟に目を瞑る。けれどいつまで経っても衝撃は来ない、それどころか。
「……静かにしろ、息すんなよ」
すぐ耳の後ろから聞こえてきた栫井の声に息を飲んだ。
どうやら俺はボールが沢山乗ったカートの陰、そこに栫井に引っ張られたようだ。背後から抱き竦めるような形で俺の口を塞いだ栫井に、俺は慌てて頷き返す。
そのときだった。
『あの、今確かにこちらの方から声が……』
『一応確認しろ、何かあってからじゃ遅いからな』
『はいっ!』
「……っ!」
入口付近で人が入ってくる気配がした。警備員だろう、入ってきたのは足音からして数は一人か。
必死に息を殺し、気配を消す。けれど。
「……」
「……っ、……」
ち、近いな……。
こんなことを考えてる場合ではないと分かっていても、背中に密着する栫井の存在があまりにも大きすぎた。
旧体育倉庫内部に砂利を警備員の足音が響く。
ただでさえ暗い場所だ、よく見ない限り分からないはずだ。大丈夫。バレない。そう自己暗示のように繰り返していると、不意に腰に回されていた栫井の腕に力が籠もる。
「…………ッ」
二重の意味での緊張が走る。それに耐えきれるほどの図太い神経を俺は持ち合わせていない。
落ち着け、落ち着け俺。せめてこの警備員がどこかに行くまでの辛抱だ。
少しでも身動いだらそこでおしまいだ。
腰に回された腕。背中から微かに伝わってくる栫井の心音と体温が思考を占め、何も考えられなくなる。
ゆっくりとこちらへと近付いてくる足音。そして視界をちらつく懐中電灯の光に呼吸を止めたときだった。不意に、後頭部に唇の感触が触れる。
「……っ?!」
まずい、近い、近すぎる。微かに旋毛に栫井の呼吸を感じ、全身に変な汗が滲む。
早くどっか行ってくれて。そう叫びたい気持ちをぐっと堪え、自分の服の裾を掴んでひたすら耐え抜いた。
その時だった。外から物音がした。
『おい! 外だ!』
「あ、はい! すぐ向かいます!」
外の見回りをしていた警備員に呼ばれ、直ぐ側まで迫っていた警備員はそのままバタバタと倉庫から出ていった。その足音はどんどんと遠ざかったのを確認してそこでようやく栫井は俺から手を離した。
「……っ、い、行った……?」
「……まだだ、黙ってろ」
そう、声を潜めたまま栫井が答えたときだった。
「ちょっと、ちょっと!」
暗闇の中、用具の物陰に隠れていたらしい志摩が飛び出してきた。そんな志摩に栫井は舌打ちをする。
「静かにしろ馬鹿が……っ!」
「いやそもそも近過ぎるから、もういいってそんなに近寄らなくて! てかただ隠れるのにそんなに抱き着く必要なかったでしょ普通に考えて」
「まだそう遠くには行ってない、いいからさっきの場所に戻――」
戻れ、と苛ついたように栫井が声を上げた時だった。遠ざかっていた足音が再び戻ってきた。
『やっぱり気のせいみたいですね』
『でもハッキリ聞こえたんだよなぁ……おい、もう一度確認しとけ。じゃないと後から何言われるか分からないぞ』
『はい!』
「だから言っただろ……!」
青筋浮かべた栫井が唸る。しかも、会話内容からしてまたこの倉庫に入ってくるのがわかった。
このままではまずい。近付いてくる足音に迷っている暇はなかった。
「し、志摩……っ!」
「えっ、齋藤、待って、うわっ」
俺は志摩の腕を掴み、そのまま自分たちの方へと引っ張っていた。
志摩が転ばないよう慌てて志摩を抱き止めれば、その衝撃に背後で栫井が呻くのが聞こえてくる。
「っ、ぅ……」
流石に、重い。なんて思いながら目を開けば、すぐ目の前に志摩の顔があった。
背後には栫井、目の前に志摩。緊急事態だとはいえ、とんでもない体勢になっていることに気付き、戦慄する。
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