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「話は終わった?」
「……うん」
「なら、そろそろ場所を移動しようか」
「あんまりここにいるわけにはいかないからね」と、廊下の外へと目を向ける志摩。
確かに、先程よりも校舎内が騒がしくなっているのが分かった。
「でも……」
ここからどこに行けるというのか。
実質退学処分である栫井と、現在進行系で停学中の俺はセキュリティ面で引っ掛かることは間違いないだろう。
ならば教師に見つからないようにしなければならないのだが、と考え込んだとき。「そうだね」と志摩はいつもと変わらぬ笑みを浮かべる。
「そうだね、問題児二人連れで学生寮に戻るのは危険だね」
「じゃあ……」
「いい場所があるんだ」
「……いい場所?」
「うん、いい場所。俺達には丁度いいんじゃないかな」
その笑顔と含みのある物言いに、ただならぬ嫌な予感を覚えた。何を企んでいるのか、と思いつつ俺は隣の栫井へとちらりと目を向ける。
「栫井も、来てくれるん……だよね?」
むす、と不機嫌顔のまま腕を組んでいた栫井はこちらを一瞥し、それからすぐに視線を逸らした。
「……お前が来いって言ったんだろ」
「……うん、ありがとう」
その言葉を聞いて一先ず安心した。
俺への心象はよくないだろう、それでも俺を選んでくれた栫井にほっとする。そんな俺達をじっと見ていた志摩は「ねえ、齋藤。今俺が話してるんだけど?」と面白くなさそうに首を会話を切ってきた。
ちょっと話しただけなのに、と思いながらも取り敢えず「ごめん」とだけ謝罪をすれば、それに応えるように志摩は目を細めて微笑む。
「それじゃあ、さっさと行こうか。ただでさえ便所臭いのが一匹いるのにこれ以上こんなところに居たら匂いが移っちゃうしね」
すっかり機嫌を損ねた志摩の嫌味にもいい加減慣れたようだ、栫井は何も言わなければ志摩を視界に入れようとすらもしなかった。これは志摩がむかつくというよりも、そもそもどこか上の空のような感じもある。
栫井の様子が何となく気になりながらも、俺は志摩の先導とともに男子便所を後にすることとなった。
昼間あれ程暖かったのに、夜となるとその気温は冷たく感じてしまう。太陽がないというだけでも余計そう感じてしまうのかもしれない。
というわけで、俺達はなぜか外にいた。というか、校庭。
「あの、志摩、いい場所って……」
グラウンドを避けるように走り抜け、やってきたのは校舎や学生寮から離れた旧体育倉庫前。
もしやと思い、恐る恐る尋ねてみれば、
「え? ここだけど?」
当たり前のように答える志摩に思わず脱力しそうになった。
だって、そうだろう。よりによってここか、そう思わずにはいられない。
「客間の次は倉庫かよ……」
「こっちの方はもう取り壊し決まってるし、校庭自体はカメラが少ないんだよね。だから、朝までなら人目誤魔化せること出来るよ」
「それに、ベッドもあるしね」なんて志摩は笑う。ベッドってまさかマットのことを言ってるんじゃないだろうな。……いや、この顔は言ってるな。
強引ではあるものの、確かに志摩の言葉にも一理ある。
場所を選んでる暇は俺達にない。とにかく、少しでも体を休めるのなら――そう分かっているが、会長を閉じ込めた場所を有効活用するなんて危険じゃないのか。いや、逆にか?
「ま、文句ある人はどうぞそこら辺の草むらで寝転がってくれて構わないんだけどね」
「……チッ」
「ふ、二人とも……」
喧嘩こそなかったものの、栫井の機嫌が悪くなっているのは明らかだった。
そうだ、我儘を言っている場合ではないのだ。
「でも、これ……壊れてるよね」
せめてこの場の空気が和らぐよう、咄嗟に話題を変えようと旧体育倉庫の前へと移動する。
スライド式の扉は外れ、立て掛けるような形のまま放置されていた。そして肝心の外れた扉は歪に歪んでいる、ドアノブもひゃげてるのを見て少しぞっとした。
「そうだね。この前のあれでどこかのバカ力が壊したんじゃないかな?」
ということは、志摩が会長を閉じ込めたときだろうか。
あの時、早い段階で監禁を抜け出した会長のことを考えると頭に過るのが一年の女装男のことだった。
……そういえば、櫻田と閉じ込められたのもこの倉庫だ。
ついでに余計なことまで思い出してしまい、慌てて俺は思考を払った。
「……入りたくない?」
開きっぱなしになった旧体育倉庫の前、背後から志摩に声を掛けられる。優しい声音はどこか俺を試すような気配すらあって、弱気になっていた自分に喝を入れる。
「いや、大丈夫。……今は、足を伸ばせるだけで十分だから」
「そう、眠たくなったらいつでも言ってくれて良いんだからね。俺が腕枕してあげるから」
「い、いいよ。いらないから、別に」
「つか、寝るときも何も……寝る場所ねーんだけど」
栫井の言葉に釣られて倉庫の中に目を向ける。
確かに、放置されているだけあってどれも埃被ってて、ベッドの代わりになるようなものは見当たらない。――ひとつ除いて。
「は? ちゃんと見た? あるだろ、そこに。お誂え向きのやつがさ」
そう志摩は倉庫の片隅、畳まれたそれを指差した。
体操競技で等で使用されるマット。どうやら俺の予想が的中してしまったようだ。
「……正気かよ」
深く溜息を吐く栫井。
栫井、潔癖っぽいもんな。思いながら俺たちは早速マットを広げてみることにした。
「っ、ひっでぇ埃……つかこれ腐ってんじゃねえか?」
「文句ある人は外へどうぞ。虫に刺されながら自然を満喫するのも良いかもしれないよ」
「……」
数枚のマットの内ほとんどのマットはカビ諸々で、流石に衛生面に問題があるということで再び倉庫の隅に積むことになった。
そして、その中で残ったのはたった一枚。
二人で横になるのもキツイであろうそれは三人で横になろうことならとんでもないことになる。
というか普通に考えてこの二人が一緒のマットに寝るとは思えないのだが。
「ほら、じゃあ齋藤おいで。布団ないから俺が温めてあげる」
「えっ、いや、俺は……」
「おい、待てよ」
「……なに? まだなにか文句あるわけ?」
「枚数、足りねえだろ」
「ああ、そっちに腐れたのがあるからお前はそっちで寝たらいいんじゃないかな」
「……なんだって?」
「ああ、跳び箱もあるじゃん。ほら、あれ二つ並べて横になったらいいんじゃない?」
そして案の定始まる陣取り。
どうしてただ寝ることにこんなに揉めるのだろうか。不思議で堪らないが、とにかく二人には落ち着いてもらわなければならない。
「あ、あの、俺はいいから。代わりに栫井マットの上で寝ていいよ……」
「は? なんで俺がこいつと一緒に寝なきゃいけないんだよ。いくら齋藤でもそんな気持ち悪い冗談許さないよ」
「なんでてめえはマット使う前提なんだよ、お前が跳び箱の上で寝ればいいだろうが」
「見つけたのは俺なんだから俺がマット使うのは当たり前でしょ」
「あ、あの、二人とも静かにしないと……」
ヒートアップする二人。
ここが夜の学園であり、扉が壊れているということを忘れているのではないだろうかと疑いたくなる声量で言い争う二人に冷や汗が滲む。
このままではまずい、殴り合いになる前に慌てて仲裁に入ろうとした時だった。
『おい、こっちの方から声がしたぞ!』
「……ッ!」
倉庫の外、聞こえてきた足音に俺達はぴたりと動きを止めた。それも一つではない、複数の足音だ。
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