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 どうしてこんなことになっているのだろうか。  今までの緊張しっぱなしだったせいで危機感がイカれてしまっているのか。  そして、それは恐らく俺も同じなのだろう。 「齋藤」  志摩に名前を呼ばれたと思えば、顎を掴まれ半ば強制的に志摩の方を向かされる。  志摩、とそれに応えるよりも先に、ちゅ、と唇を重ねられる。  最初は触れるだけだったそれはどんどん深くなっていき、栫井とのキスを上塗りするように口を貪られていく。 「っ、ぅ、んむ……っ」  志摩とは今まで何度キスしたのかわからない。わからないが、それでも栫井の目の前でするなんて。  わざと栫井に見せつけるかのように横髪を掻き上げられ、そのまま耳にかけられる。頬を撫で、左手耳を揉まれながらも伸びてきた舌を受け入れさせられた。 「っぅ、ふ……んん……ッ!」  ――し、しつこい……っ!  普段からやたらねちっこい触れ方をしてくると分かっていたが、今回は普段以上だ。  栫井に舐められた場所も痕跡も全部消していくみたいに咥内ねっとりと弄ってくる熱い舌先。それを受け入れさせられることでいっぱいいっぱいで、息苦しくなった俺はそのまま志摩の腕を掴んだ。 「ん、ぅ……っふ、ぅ……っ」 「……っは、齋藤、苦しい?」 「っ、し、ま……ッ」 「仕方ないなあ……。ほら齋藤、舌出して」  二人にキスをされ、ぼんやりとした頭の中。ちろちろと尖らせた舌先で唇をくすぐられ、俺は戸惑う。  なんで、と戸惑っていると、「ほら、早く早く」と笑顔で急かしてくる志摩に項をするりと撫でられた。火照った体はそれだけでもぴくりと反応しそうになっていた。 「それとも、俺のお願いは聞きたくない?」  俺の答えなど分かってるくせに、いちいち試すような真似をしてくるのは志摩らしいとも思えた。  急かされるまま、俺は口を開く。そのままおずおずと舌を伸ばせば、志摩は頬を緩ませた。 「……っほ、ほお……?」  べ、と伸ばした舌。  恐らく、というか間違いなく志摩から見た俺は相当な間抜け面になっているだろう。けれど、それを見た志摩は寧ろ嬉しそうですらあった。 「ぅ……ッ」  尖った舌先に軽くキスをされた。  その感触に身を竦めた矢先、舌先を唇で挟まれる。 「ふ、ぅ、んん……ッ!」  そのまま咥えられた舌ごと吸い上げられ、ぎょっとするのも束の間。逃がすまいと後頭部をがっちりと掴まれ、更に深く引っ張り出された舌をしゃぶられるのだ。 「……キスくらいでどんだけはしゃいでんだよ」 「ん、む」キスというよりも最早捕食である。そのまま身動きを取れなくなっていた俺を尻目に、栫井は呆れたように吐き捨てる。  そうだ、栫井もいるのだった。  志摩の肩を叩きながら、この行いを止めさせようとしたときだった。いきなり背後から伸びてきた手に胸を撫でられ、ぎょっとした。栫井の白い手が人の胸を揉んでるというか、待った。本当になんなんだこの状況は。 「ん、ぅ……っ、ちょ、あの、待って栫井……ッ」 「……なに」 「なに、じゃなくて、な、なんで……」 「アンタが誘ったんだろ」 「そ、それは……っ、物の例え的なものであって、その」  だって、本当にまさかそんな――よりによってこんなことになるとは思わなかったのだから。 「これで分かったでしょ、齋藤。どっちがまともで話が通じる男だってこと」  何故二対一みたいな空気になってるのだ。しかも俺が劣勢で。  ちゅ、と濡れていた唇を舐め取り、そのまま志摩は俺の目の淵にそっと撫でる。  俺だけ見てて、そういうかのように覗き込まれる瞳に、胸の奥がじんと熱くなった。 「は、ぁ、し、志摩……っわ、わかった、俺が悪かったから……やめよ、こんなこと……っ、ん」 「……」 「し、志摩……?」 「じゃあ俺の方が好きだって言ってよ」 「……な、そ、それは……」 「なんで躊躇うかな、そこで」  それは言ったら言ったで志摩がまた焚き付けられて暴走するのが目に見えるからだ。  そんな俺達のやり取りを一瞥し、栫井は「ガキ」と小さく吐き捨てる。そのまま興味なさそうに開けさせられるシャツの下、滑り込んでくる骨ばった指先に「ぁ」と喉が震えた。 「っ、か、栫井……ッ、あ、あの……っ、ん、ぅ」 「ちょっと、齋藤痛がってるじゃん」 「痛がってる? ……馬鹿だろ、お前」 「これが痛がってるように見えんのかよ、節穴が」嘲笑混じり、這わされた指先が胸の突起に触れる。そのまま周囲をくるりと円を描くように撫でられた瞬間、びくりと全身が跳ね上がった。  声を出したくないのに、変だ。こんなことしてる場合ではないという焦りが余計俺の常識やらなんやらを麻痺させてきているのかもしれない。 「ぁ、ん、う……ッ」 「こんな状況で感じれんの、お前」 「か、栫井が……っ変な触り方、するから……っ」  すりすりと乳首を撫でられ、むずりとした感覚が込み上げてくる。流されたら駄目だと思うのに、絶妙な力加減で撫でられると体が勝手に反応してしまうのだ。 「は、栫井……」 「ちょっと、近い。てか齋藤、なんかそいつにだけ優しくない? なんで俺の時みたいに嫌がらないわけ?」 「うるせえ、黙れ。てか喋んな」 「ああ? うるさいのお前だし、普段ボソボソ声ちっせえくせにセックスのときは声大きくなるのなに?」 「お前もだろ」 「一緒にするなよ、俺は腹から声出してる」  ……なんなんだ、本当に。  別にこのまま仲良く三人でしたいというわけではないし、寧ろ飽きるかなんかして考え直してほしいところではあったが、せめて俺を挟んで喧嘩をしないでほしい。  少なくとも志摩は普段から声が通るのはそうだけども。 「そもそも、当の本人は俺のがいいって言ってる」 「は、それ真に受けてるんだ。言っておくけど、齋藤が本当に好きなのは俺だからね。お前に言ってるのはリップサービス、あまりにもお前が不運すぎるから優しい齋藤が同情してるだけ。それを履き違えないようにしなよ」 「し、志摩……」  何もそこまで言う必要はなかったはずだ。  同情、その単語に僅かに栫井の目が細められるのを見てしまった。  栫井への同情は否定はしない。けれど、そんな顔をされたら胸が痛む。  栫井を少しでも励ますことが出来たなら。そう、思っていた。 「っ、あの……」  考えれば考えるほど自分を見失いそうになる。  だから、俺は栫井の手を掴み、握り締めた。硬くて乾いた、冷たい手。  ここで言い争って仲違いしてはまたいつもの流れになる。この場合、どうやって落ち着くべきなのかと考えた結果――やはり一人の結論に辿り着いた。 「……ご、ごめん……こういう時、なんて言えばいいのか分からなくて……」 「……なにが」 「俺は……いいよ。栫井がしたいっていうなら」 「えっ?!」と声を上げたのは志摩だった。確かにしっかりと腹から出た声だった。  自分でも相当恥ずかしいことを言っている自覚はあった。  呆れ果てる志摩の視線が突き刺さる。しかし、栫井から目を逸らすことはしたくなかった。 「なんだそれ。……同情かよ」  不快そうな色が滲んだその声音はどこまでも冷たい。  多分、そうなのだろう。俺は栫井に同情している。  会長のために動いて、会長に勘当された栫井に。満身創痍の背中に――それでも会長を見捨てない栫井に。  だから、自分が栫井のために役に立てるのならとも思う。  けれどそれは純粋な善意だけではないだろう。それは自分でも気付いていた。 「あのね、齋藤。齋藤の傷だって完全に治ってるわけじゃないのに何を血迷ったこと言ってるの? ……溜まってるんだっていうんなら俺が相手してあげる。それでいいでしょ?」 「た……っ、ち、違うよ、したいとか、したくないとかじゃなくて、俺は……」  味方がいない栫井に餌付けして、ただ側に縛り付けておきたいだけなのかもしれない。それでも、だとしても。 「俺は……っ」 「――なるほどね。分かったよ、齋藤が何を考えてるのか」  言葉に詰まった時だった。  突然くすくすと笑い出す志摩に「えっ?」と顔を上げれば、先程までの不機嫌面はどこへいったのか。志摩の顔にはにたりと嫌な笑みが浮かんでいた。 「いきなり何言い出すのかとヒヤヒヤしちゃったけど、まあ、それなら仕方ないよね」 「え、や、あの……志摩? って、ちょっ、志摩……っ?!」  伸びてきた手にいきなり着ていたシャツを脱がされそうになり、ぎょっとする。  何をするのだと目の前の志摩を見上げれば、志摩は微笑んだ。   「大丈夫、色仕掛けだよね。俺も協力するよ」  耳元、俺にだけ聞こえる声量で告げられたその言葉に硬直した。 「ちょ、待って、志摩……」  そんな手伝いいらない、と慌てて志摩の手を振り払おうとした矢先。シャツのボタンを外されたその下、素肌に直接触れてくる志摩の指が反応しかけていた乳首に触れ、「志摩」と声が上擦った。 「何? ……やっぱり、俺と二人きりの方がよかった?」 「そ、ういう問題じゃなくて……っ、ちょ、ん、し、志摩……っ」 「声大きいよ、齋藤。また見張りが戻ってきたらどうすんの? もう少し我慢しないと」  誰のせいだと思ってるのだ。  散々な志摩の言い草に呆れながらも、やんわりと乳輪をなぞる志摩。片方の胸に顔を埋め、そのまま突起周辺にキスをする志摩に喉がひくりと震えた。 「っ、待って、か、栫井……っ、み、ないで……っ」 「……」 「ん、ぅ、し、志摩……っ、ゃ、う……っ」  気持ちよさよりもこそばゆさの方が強かった。  尖らせた舌先にそのままぬるりと乳輪を舐められた瞬間、ぞわりと爪先から背筋目掛けて寒気にも似た感覚が広がる。  過敏になっていく先端部、そこを舌先で突かれ、転がされ、潰すように弄ばれる内にぞわぞわとしたものは胸の奥にも広がり始めた。  志摩の舌と指から必死に逃れようとした先、背後の栫井にぶつかってしまう。  しまった、と思った時。こちらを覗き込んでくる栫井と前髪の下、確かに目があった。 「ぁ、んむ……――っ」  顎の下、首ごと掌全体で掴むように顔を持ち上げられたかと思った次の瞬間、視界が黒く塗り潰される。  違う。伸びた前髪の下、眠たげに細められた目がこちらをじっと見下ろしていた。 「は、ん、ぅ……っ」  唇を柔らかく啄まれ、舌先で擽られる。リップ音を立てながら重ねられるキスに驚くよりも先に、後頭部を掴まれ更に強引に舌をねじ込まれるのだ。 「っふ、ぅ、んん……っ」  滑る舌先。条件反射で追い出そうとしたところ、ぐっと堪える。そしてそのまま栫井の舌を招き入れようと自ら舌を伸ばしたときだった。  栫井は俺から唇を離した。  え、と顔を上げれば、そこには冷めた目の栫井がいた。じっとこちらを見下ろしたまま、不機嫌そうにその目が細められる。 「あんた、誰にでもこうなのかよ」 「え、いや……っおれ、俺は……っ」 「誰にでも、は語弊はあるけどね。俺の前じゃもっと可愛げはあるよ」 「テメェには聞いてねえんだよ」 「はあ?」  またなんか喧嘩し始めたし、と狼狽えたとき。尻の下の当たりに何かを感じた。  背後に居るのは栫井で、俺は栫井の股の間に座ってる。それがなんなのか、嫌でも想像ついてしまった。 「……っ」  二人に挟まれていると、緊張を通り越して段々常識というものが分からなくなってくる。  これは疲労のあまりにあらゆる部分の現実味が薄れているのかもしれない。  思い返してみれば、今日一日で色々なことが起こった。  そして、それは二人も同じだ。  少しくらいなら、二人の緊張を解すべきなのか。人を挟んでまた言い合いをしてる二人を見守っていたときだった。腰へと回された栫井の腕に、そのまま更に腰を落とされた。  尻の谷間を割るように押し付けられる下半身に、「ぅ」と声が漏れる。   「は、ぁ、栫井……っ」 「邪魔臭えな。……脱がすぞ」 「ぇ、あ」  下半身、スラックスを弄っていた手に前を寛げさせられる。ファスナーを下ろし、そのままずる、と下着ごと脱がされそうになったとき――あのときの阿賀松の腕の感覚を思い出し、緊張した。 「か、こ――」 「駄目」  栫井、と止めようとしたときだった。  前方から伸びてきた手によって、脱がされかけていた下着をぐっと引き上げられる。 「……っ、お尻は駄目」  そう慌てて止めに入ってきたのは志摩だった。

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