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 珍しく動揺を顕にした志摩に、俺も栫井も驚く。  そしてそれは志摩も例外ではなかった。ばつが悪そうに咳払いをした志摩はこちらを睨む。 「絶対ダメ」 「なんでお前が止めるんだよ」 「それは……その、齋藤はお尻が弱いから」 「知ってる」  さらりと答える栫井に、「え?なんで知ってるの?」と志摩がこちらを見てきたが俺は必死に目を逸らした。 「とにかく、ダメって言ってるだろ。お尻はダメ、絶対ダメだから」 「し、志摩……」  お尻お尻連呼しないでもらいたいが、志摩なりに俺のことを気遣ってくれているのがわかってなんだか嬉しくなる。恥ずかしくないわけではないけども。  志摩に犯された直後に阿賀松から犯され、しかも志摩はそれを何度も止めようとしてくれていたことは俺もよく知っている。  だからこそ負い目を感じてるのだろう。俺からしてみれば、こうして志摩が俺の体を本当に気にかけてくれていると分かっただけでも十分だった。  ――だから。 「栫井がしたいなら、俺は……いいよ」  そう口にした時だった。呆れたように志摩は俺を睨む。 「齋藤何言ってんの? あんだけ怖がってたくせに」 「でも」 「それに、まだ傷口だって完治しきったわけじゃないし。もしまた血まみれになったらどうすんの? というかそもそもなんでそこまでこいつに尽くそうとしてんの。それ言うなら寧ろ俺に言うべきじゃない?」  反論の隙も与えず一気に捲し立ててくる志摩。その言葉の圧に圧倒されつつも、あまりにも必死に止めてくる志摩に確かになと納得する。  二人に却って迷惑をかけてしまうのは俺にとっても本意ではない。 「傷口ってなんだよ」  どうやら志摩の言葉が引っ掛かったようだ。ぼそりと口を挟んでくる栫井に、そういや栫井に詳細を伝えていなかったことを思い出す。  どう説明すればいいのだろうかと言葉に迷っていると、「齋藤は俺を庇ってくれたんだよ」と志摩は呟いた。栫井を真っすぐに見据え。 「俺を、庇って」  そう小さく付け足す志摩に、栫井の眉間に皺が寄った。 「っ志摩、あの、俺のことなら……気にしなくていいから……」 「齋藤の嘘吐き」  嘘じゃないよ。そう言いかけてやめた。恐らく志摩はそんな返答を求めていない、それがわかったから。 「……あんたは、誰にでも優しいんだな」  そう、栫井の手が離れる。驚きのあまり、「栫井?」と振り返れば、目が合うよりも先に栫井は俺から顔を逸らした。 「……」 「え、あ、あの……しないの?」 「……萎えた」 「えっ?」 「意外だな、元副会長様であろう方が人を気遣うなんて」 「誰が気遣ったなんて言ったんだよ」 「ああ、違うならいいや。そうだよね、まさかあの栫井に人の心があったなんてさ」 「し、志摩……」  確かに驚きはしたが、だからってそんなことを面と面向かって言わなくてもいいのではないだろうか。  少なくとも、栫井の言葉に志摩はホッとしているように見えたのは気のせいだけではないはずだ。先ほどの真面目な顔はどこ行ったのか、栫井が萎えたと分かるや否や志摩はぐい、とこちらに詰め寄ってきた。 「さあ、どうする? 齋藤。栫井は齋藤に魅力を感じないって言うけど俺は挿入なしだったら構わないよ。このまま中途半端に終わっても齋藤が気持ち悪いでしょ?」 「何言って……栫井がしないって言ってるなら、いいよ」 「良いよって何? まさか俺とは出来ないって言うんじゃないよね?」 「……」 「……冗談だよね?」  みるみる内に志摩の表情が凍り付いていく。  悪いと思ったけど、栫井に萎えられたということで俺もまた冷静になってしまっていた。  志摩には悪いが、「また違う機会に」と手を合わせれば今度こそ志摩の笑みが消える。あ、これはまずい。 「齋藤、あのさ流石に俺も我慢の限界なんだけど。栫井栫井栫井栫井栫井栫井栫井ってさあ、俺は? 俺には何もないの?」 「……」 「なんでそこで黙るわけ?」 「だっ……だって、別に志摩としても……」 「なに? そんなに3Pしたかったの?」 「ち、違うよ! けど、なんか、その……」 「齋藤、栫井には挿れていいよとか言うくせに俺とは嫌なんだ」 「ええと、その……」 「……」  そもそも俺からしてみれば、するだとかしないだとかそんな言葉がこうして普通に交わされてるこの状況自体どうかと思うのだけれど、それについては今更なのかもしれない。  そもそも、志摩にはお世話になってるけども栫井と違って別にそんなことをしなくても付いてきてくれる――なんて思ってしまってること自体志摩にとっては面白くないことかもしれない。  どう言葉をオブラートに包むべきか迷ってると、みるみるうちに志摩の目は冷たくなっていく。 「齋藤、今まで大目に見てきたとは言え俺にも限界ってものがあって――」  そう、またなにやら志摩が言い掛けた時だった。腰を軽く浮かせ、志摩の口元にキスをした。ちゅ、と小さなリップ音とともに志摩の目が見開かれる。 「……今度、二人きりの時なら、いいから」  あくまで栫井には聞こえないよう呟けば、志摩は目を見開いたまま動かない。 「……」 「……志摩?」  そして、みるみる内に志摩の耳まで赤くなっていく。  ――あの志摩が照れている。 「……っ、もう……齋藤のそういうところ、すげー嫌い……」 「ご、ごめん……そうだよね、いきなり……」 「もう一回」 「え?」 「もう一回キス、してくれたら……許す」  え。

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