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04
教室を出ていってから暫く。
「あいつ、目障りだな……」
……やっぱり志摩、壱畝のこと我慢しててくれたんだな。
「志摩での」
「何? 今度は壱畝遥香のことまで庇うつもり?」
「違うよ。ありがとうって言おうと思ったんだ。あのとき、庇おうとしてくれて」
「ありがとう、志摩」そう改めてその横顔に声を掛ければ、志摩は目を逸らす。
「……別に、俺は個人的にあいつが気に入らないだけだから」
そう小さく呟く志摩。
もしかして照れているのだろうか。
最近になって知ったことだが、志摩はわりとストレートな言葉に弱いようだ。自分だってこっ恥ずかしいことを言うくせに、俺が口にするとすぐ目を逸らしてくる。
変わってるな、なんて今更思わないけど、なんだか志摩のことを知れば知るほどなんだか第一印象とかけ離れていくのを感じた。……これは一応良い意味でだ。
そんなやり取りをしつつ、俺は志摩について廊下を歩いていく。が、ふと違和感を覚えた。
「次の授業、実験室だよね」
「そうだね」
「……道、こっちじゃないよね?」
「齋藤はサボりは嫌い?」
「えっ?」
「一限ぐらいいいでしょ、出なくても。先生たちには齋藤が具合悪くなったから休ませてたって言っとくから」
まさか最初からサボる気満々だったのか。
そうつらつらと続ける志摩の顔には全く悪びれた様子はない。
「で、でも……それじゃせっかく停学解除した意味が……」
「なんかさ、齋藤が他のやつらにジロジロ見られるのってすごい気分悪いんだよね」
うんざりとしたように吐き捨てる志摩に、俺はなにも言えなくなる。
これは一応、俺のことを気遣ってくれたというのだろうか。
「志摩、次の授業にはちゃんと出るんだよね?」
「うん」
「ならいいよ。……その、サボっても」
「けど、俺も一緒にいるけど……いいかな」そう恐る恐る志摩を見上げれば、志摩は笑った。
「当たり前でしょ。寧ろ、俺一人だけサボらせるつもりだったの?」
「そ、そうじゃないけど……」
「齋藤が嫌だって言っても連れて行く気だったよ、俺はね」
「それは……駄目だよ」
「本当真面目だね、齋藤は」
俺も大概志摩に甘いようだ。
いつもの愛想笑いとは違う嬉しそうなその笑顔に、ほんのりと満たされている自分に苦笑せずにはいられなかった。
というわけでサボると決めた一限目。
既に授業は始まっているため廊下に人の気配はしない。
それでも周囲を探る必要はある。勿論、先生たちにも見つからないようにしなければならないし。
「志摩、これからどうするの?」
「どうしようか」
「え、何も考えてなかったの?」
「なに? 齋藤は人の考えなしを責める人なんだ?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあいいでしょ。たまにはこうやってゆっくりするのも。……特にずっと走るか隠れるかだったしね」
なんだかチクチク刺された気もするが、志摩の言葉にも一理ある。
そもそも先生たちにバレないように気をつけるつもりはないのか?と思ったが、突っ込まないことにした。
「そうだね」とだけ頷けば、志摩の目がすっとこちらを見た。
「まだ、緊張する?」
志摩の問い掛けに俺は小さく頷き返す。
「……また誰かに待ち伏せされてるんじゃないかなって、そういうこと気にしたらちょっとした音とか気になりはするかな」
「だろうね」
「でも、志摩が居るから」
「何かがあったら盾にしてやろうって?」
「そ、そうじゃなくて……一人じゃないって分かるから、心強いよ」
暗くならないよう、笑い返してみるものの志摩は神妙な顔のままで。
「……不安にならないの?」
そう、ぽつりと。
志摩が口にしたそれは卑屈でも皮肉でもなく純粋な疑問だった。
「俺は、大勢相手に出来るほどの腕力もないよ。齋藤のことだって何回も騙してきたんだし、こうしてまた齋藤を嵌めようとしてるかもしれない――なんて、不安にならないの?」
もしかしたら志摩はこの前のことをまだ気にしているのだろうか。
休憩するために入ったラウンジで待ち伏せされていたことを思い出し、大人数に抑え付けられていた志摩のことを思い出せば今でも震えそうになる。
けれど。それでも俺は。
「……それは、俺も同じだから」
「……」
「俺だって志摩に嘘ついたし、喧嘩だって出来ない。……けど、志摩がいるだけでほっとする」
何度も志摩から逃げたし、助言を無視したこともあった。何度も分かりあうことを諦めていたことだって。
全て無かったことになんてできないけれど、それでも、だからこその今があるのだと思うようにしていた。
納得いく返答だったのかわからない。けれど志摩は「そっか」とだけ呟き、目を伏せる。その安堵したような横顔に微かな疑問が浮かぶ。
「志摩って……」
「……何?」
「…………いや、なんでもないよ」
「なんかその顔、ムカつくなぁ」
「えぇ……?」
志摩は、何があっても笑って受け流すと思っていた。
いつだって冷静だし、突拍子のないことを口にする時もあるけれどそれでも俺よりも勇気もあって――悪く言えば形振り構わないところもある。
志摩に怖いものはないのだと思っていた。けれど、もしかしたら志摩は。
度々に口にする試すような言葉の数々に、一抹の考えが浮かぶ。
もしかして、志摩は裏切られることを恐れているのだろうか。
そんなことを思いながら、俺はさっさと歩いていく志摩に引き摺られないよう急いでその後についていく。
「どっかいい感じに二人きりになれる場所、あったかな」
「こうしてぶらぶらしてるだけでも俺、楽しいよ」
「まあ、齋藤は楽しいかもしれないけどさ。……まあ、齋藤が楽しいなら……」
なんて他愛のない会話を交わしていると、不意に後方から足音が聞こえた。
人気のない廊下の中、聞こえてきたそれは間違いなく第三者の足音のはずだ。
「あの、志摩……」
もしかして着けられてるのだろうか。
つい志摩の手を握り締めれば、志摩は『し』と人差し指を唇に当てた。どうやら志摩も気付いていたようだ。
「齋藤。ちょっと俺、トイレ行きたくなっちゃった」
こんな状況で?と思ったが、すぐにそれが志摩の作戦だということに気付いた。
「わ、わかった……」
丁度、歩く先には男子便所があった。
そのまま志摩とともに男子便所へと入り、すぐ入り口の横、壁を背に隠れるように待ち伏せすること数秒。
あとを追うように入ってきた人影をあっさりと捕まえることに成功する。
ああ、そこまではよかったのだ。
後を着けていたらしいその人物の姿を見た瞬間、俺は「あっ」と声を漏らした。
見間違いようのない、白に近い派手なピンク髪。
「離せっ! 薄汚い手で触るなッ!」
「あ、安久……?」
志摩に腕を掴み上げられた安久を前に、俺は言葉を失った。
なんて分かりやすい尾行なんだということもだが、よりによってここで安久かという感情とそれもそうかと納得する自分も確かに存在した。
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