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どれほど歩いたのか分からない。
リューグの血が効いてきたのか、大分全身の痛みは引いていた。先程までの寒気も、火の玉たちのお陰で大分和らいでる。
リューグを頼りに歩いてきた俺は、最早自分が今どのあたりにいるのかもわからない。
巨大な地下牢の中、照らされた足下と二人の背中を追いかける。
どれ程通路の奥へと進んだときだろうか。
不意に、バチバチと何かがぶつかるような無数の羽撃きが聞こえてくる。リューグの後を追いかけるほどその音は確かに大きくなった。
そして、やがてとある行き止まりの前でリューグは足を止める。
「ここだな、あの烏がいるのは」
浮遊する火の玉に照らされたそこを見てぎょっとした。
黒い壁だと思っていたのは夥しい量の蝙蝠が張り付いていたからだ。
蝙蝠たちはリューグの姿を見るなり霧のように霧散し、消えた。
リューグは扉に近づき、そして、ドアノブを探す。
「……やっぱ簡単に開けれねえようになってるみたいだな」
「鍵……いや、鍵穴もないな……どうやって開けるんだ?これ……」
「まあ落ち着けよ。……なんのためにわざわざ遠回りしてこいつを拾ってきたと思ってるんだよ」
そう言って、リューグは後ろでオロオロしていた火威を指指した。指された本人は不意打ちを食らったように「え、ぼ、僕?!」と青褪めてる。
「え、ええっ、ここって絶対壊しちゃいけない場所だよね……?!僕怒られない?!」
「あんだけ牢ぶっ壊してて、今更怒られねえわけねーだろ。諦めろ」
「りゅ、リューグ君……君ってすごい他人事だと楽しそうだよね……?!」
一人百面相をする火威だが、俺はそれよりも火威の言葉に驚いた。弱気な火威だが、壊せるという部分は否定しないということは……自信があるということだ。
「で、できるのか……?ここ、すげー丈夫そうだけど……」
「まあ……扉自体を壊すのは大変そうだけど……要するに通れるようにすればいいんだよね?……こ、こんな蛆虫みたいな僕だけど……この壁に穴開けるくらいならできるよ」
弱気なのか強気なのかよくわからないが、逆にその言葉が頼もしく思えた。
……確かに、言われてみればこの捻くれたリューグがわざわざ頼る相手だ。期待していいのだろう。
「つーわけで、イナミ。離れた方がいいぜ」
「離れてた方がって……」
「火威、火力は足りるか?」
「……ぜ……贅沢言っていいなら、もう少しあると嬉しい」
「ったく仕方ねえな。……ほら火威」
人の質問も無視して、制服から何か取り出したリューグは火威に投げ渡し、火威は少し落としそうにしながらもそれを受け取る。
「なんだ、あれ」
「火威の餌」
餌って、と顔を顰めたとき、火威はリューグから受け取った小瓶のようなものの口を開いた。
そして「うへへ……」と薄気味悪い笑みを零しつつ、やつはぐっとその中に入ってる液体を押し流す。
離れた位置にいる俺にも聞こえるくらいごきゅごきゅと喉の音が聞こえてくる。いい飲みっぷりだが、何を飲んでるのだろうか。
……酒か?と、目を拵えたときだった。
薄暗かった周囲が、一気に明るくなったような気がしたが……違う。火威の全身から溢れんばかりの火が現れ、そしてやつの四肢に纏わりついていた。
急激に周囲の温度が上昇するのがわかる。思わず後ずさったとき、火威は持っていた瓶を捨てた。
そして、腹の底に溜まっていたもの全てを吐き出すかのような深い息を吐いたとき、やつの口から炎が溢れた。
「……やっぱ最高だわ、この味……そんでもってこの空気!……すげえ……腹ン中漲ってくる……!こんな黴臭ぇ場所まで来てわざわざ断酒した甲斐があるってもんよ!」
邪魔臭そうな前髪を掻き上げた火威は、側にいたリューグの背中をバシバシと叩き、「なあ!リューグ坊っちゃんよぉ!!」と豪快に肩を組んでくる。
まるで人が変わったかのような……というか、寧ろこれは。
「っ、あ……あの……どちら様……?」
「まーそうなるわな」
「なんだぁ?!つれないこと言うじゃねえか曜!!まあいい、なんだっけ?このクソ安っぽい壁をぶっ壊してたやりゃあいいんだろ?つまんねーよなぁ、どうせならこの家畜くせー地下丸ごとぶっ壊してやりてぇくらいだ」
「おい火威、それはまた後でな」
「おっ、やる気か?!いいねえ、流石坊っちゃんは俺の期待を裏切らねえ」
「乗りかかった船だ、こうなりゃ最後まで付き合ってやるよ。あのいけ好かねえ獄長にも一泡吹かせてやりてえところだったんだよ」ガハハと豪快に笑う火威、その声のデカさに比例するかのように周囲を取り巻く炎の渦も苛烈さを増す。
熱い、暑苦しい、二重の意味で。
「こいつ、火力上がるとキャラ変わるから」
「変わりすぎだろ……!二重人格レベルだぞ……!しかもすげー熱い……!」
「そうだな、このままじゃ俺たちまで丸焼きになるだろうな」
「冗談だろ?!」と青褪める俺に、リューグは「まあ落ち着けよ」とか悠長なこと言って俺を小脇に抱き抱える。
待って、流石の俺でもこんなにホイホイ持ち運びやすい荷物扱いされると日本男児としてのプライドが傷付けられるんだが?!とジタバタするもリューグはガン無視。
「じゃあ火威、一丁頼んだぞ」
「おう、任せときな坊っちゃん」
そう火威と軽く言葉を交わし、リューグは俺を抱えたまま扉の前から離れる。
軽々と駆け出すリューグに荷物さながら揺らされつつ、俺は振り落とされないようにやつにしがみつくしかない。
「っと、ここまでくりゃあ……」
体感、大分火威から離れたところでリューグが足を止める。
そして、今まで通ってきた通路を振り返ろうとした矢先だった。リューグの肩越しに、恐ろしいものを見た。
それは白に近い閃光だ。白が迫る。続いて、世界から音が消えた。
「っ、やべ」
そう、リューグが舌打ちをしたとき。やつに抱き締められる。その温もりを感じる暇も、やめろと振り払う時間もなかった。
熱風が襲いかかる。まともに食らってたら全身火傷になってるんじゃないかってレベルの熱風だが、リューグに抱き締められたお陰でまともに食らうことはなかった。
けれど。
遠くから聞こえてくる建物の一部が崩れるような轟音が響き、リューグは俺を離した。
「……あいつ、手加減知らねえのかよ。……おい、大丈夫か?」
「……ん、なんとか……あり……」
「……あり?」
つい癖で言い掛けて、相手がリューグだということを思い出す。にやりと笑うリューグに思わず口を噤んだが、よく見るとやつの背中部分が煤で汚れてるのを見て、庇ってもらったことを思い出す。
「……ありがと……」
癪ではあるが、一応助けてもらったお礼はする。……これで変な借りを作るのも嫌だった。
が、案の定リューグはニヤニヤと笑い、「どういたしましてー」と小馬鹿にしたように笑った。
「そろそろあいつも落ち着いた頃だろ、戻るか」
「お、おう……」
というわけで、俺たちは火威を置いてきたあの扉まで戻ることにしたのだが……先程まで何もなかった通路は所々ひび割れ、焼け、まだ僅かに火が残ってるところもあった。
熱が籠もってる。まるで別の空間に来たかのような錯覚を覚えるほどだ。
薄暗い通路、道中リューグに引っ張ってもらう。俺は一人でも歩けると言ったのだが、やつ曰く「お前がちまちま歩いてたら日が暮れる」とのことだったのでお姫様抱っこはなんとか逃れ、引っ張るに留めてもらった。
そして、黒羽が収容されてるはずの部屋、その扉の前。
壁もろとも爆発に巻き込まれたらしい、扉は跡形もなく吹き飛び、その先に続く空間が現れていた。
その壁だった場所付近、瓦礫の下敷きになってる男が一人。
「おい火威、ひーおーどーしーくーん」
瓦礫の下で気絶したそいつをぺちぺちと叩くリューグ。
火威は「う゛うーん……」と悪夢に魘されたような声を漏らす。
「起きろ、火事だぞ」
「えっ?!ほんと?!」
リューグの声に反応し、勢いよく飛び上がる火威。
先程以上に煤汚れ、爆風に煽られたのかボサボサになった火威は俺とリューグ、そして辺りを見渡した。
勿論、火事というのはリューグの嘘だ。火は残っていたがそれほどのものではない。それに気付いた火威はがっくりと落ち込んだ。
「……りゅ、リューグ君、嘘つくのはいいけどもっと不幸にならないような嘘ついてほしいな……」
「んだよ、幸せだったろ?」
「そんな幸せ儚すぎるよ……」
……良かった。リューグの言う通り、いつもの火威に戻ってるようだ。自力で瓦礫の下から這い出る火威。
先程までの熱気はない。
残った火が燻るような匂いと硝煙がその場に残されてるだけだった。
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