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壊された扉……否、壁の先は仄暗い。 先程の爆発に巻き込まれて部屋の中のものまでもが壊されているようだ。 木っ端微塵になった棚に、床にはガラスの破片とよくわからない液体が飛び散っていた。 「……っとに悪趣味な野郎だな」 俺よりも先にその部屋へと入ったリューグは言いながら足下の謎の器具を拾い上げ、捨てる。 その部屋は、保管庫……のように見えた。試験管のような容器が保管され、展示されていた。先程の爆発で壁側の棚は壊れているようだが、それでも他の棚は結構頑丈な作りになっているらしい。被害はそれほど多くなかった。 「……ここに、黒羽さんがいるのか……?」 見た感じ、容器の中にはよくわからない生き物の亡骸……というわけではなく、変わった形の種や植物や鉱物がコレクションされているようだ。 独特のひんやりとした薬品臭い空気が流れるそこは、科学室を連想させた。俺の学校のものなんかと比べ物にならない量の薬品棚だが。 獄長、の部屋なのだろうか。 到底、監獄には必要なさそうな施設だ。あの男のプライベート空間ということか。 辺りを見渡してみるが黒羽の姿どころか、この部屋の中には生命の気配は感じられない。 「居るっつってんだろ、いい加減俺のこと信じてくれてもいいんじゃないか?」 「って言われても、全然黒羽さん見当たらねーんだけど……」 「あっ、も、もしかしたらどこかに隠し扉があったりして、そこにいるとか……無いかな?!」 「……まあ、この部屋にはいなさそうだしな、その線が濃厚か?」 言うなり、どこからともなく一匹の蝙蝠飛んできて、リューグの肩に止まる。リューグの意志を汲み取ったように、その蝙蝠は黒い羽を広げ、部屋の中を飛び回る。 探させてる……のだろうか。天井付近で飛び回る蝙蝠を目で追いかけていたが、やがてリューグの使い魔の蝙蝠は更に奥、その棚の近くで止まった。 「……見つけた」 使い魔のもとへと向かうリューグ。その棚は薬品棚のようだ。 あらゆる形の小瓶が几帳面に並べられている。それを見ていた火威は、「ひいっ」と情けない声を上げた。 「ど、毒薬ばっかだよ……これ……」 「……見た感じここは拷問処刑用の薬品を取り扱う部屋みたいだな。獄吏の連中はまずここは使わねーだろうし、やっぱあの男の部屋だろ」 中には明らかに毒薬というかなんかよく見ると動いてるようなものもちらほらある。どのような効果があるのかなんて分かりたくもないが、碌でもないに違いない。 ……それにしても、どうしてここに蝙蝠が止まったのだろうか。 気付けばリューグの肩へと止まっているそれを一瞥し、俺は棚を調べてみる。それは案外早く見つかった。 「りゅ、リューグ、火威……これって……」 棚の側面に怪しげな模様を見つけた。 隣にやってきたリューグは、俺の肩越しにそれを眺め、「はーん」と面倒臭そうそうに口にする。 「また随分と古典な……。厄介なもんを用意してくれるよなぁ」 赤黒い奇妙な形の紋様が書かれてる。 魔法陣、なんて言葉が脳裏を過る。これが、だろうか。 漫画の世界だけだと思っていたが、けれどそんなものがここに書かれてるということは当たりなのではないだろうか。 「もしかしたら、この棚を動かせば黒羽さんに……」 「っ、あ、おい!それに触んじゃねえ!」 え、とリューグが俺の手を取るのと、指先がその魔法陣に触れるのはほぼ同時だった。 しまった。 舌打ちをするリューグに首根っこを掴まれ、その場から引き剥がされる。瞬間、部屋全体が巨大な檻へと変貌する。 「っ、ご、ごめ……俺……」 「っはー、くそっ、面倒臭えな……本当お前は余計なことばっかしやがってこのちんちくりん!」 「っ、二人共、喧嘩は後だよ!」 「来る」と、火威が身構える。その視線の先、壊された壁の向こう側。鎖の擦れる音とともに、複数の足音が響く。硬質な足音には聞き覚えがあった。 かなりの量、にも関わらず統率の取れたその足音は余計不安を掻き立てる。空気が張り詰め、刺すような緊張感が走る。 見渡す限りの黒、黒、黒。 肌を隠すように厚手の刑務官制服を着込み、仮面で顔を隠した獄吏達は仮面の下、真っ直ぐに俺たちを捉えていた。そしてその手には、様々な形の鉄製の武器が握られている。 それは、俺も知っていた。銃だ。その銃口は確かに檻の中の俺たちに向いている。 それが俺の知っている銃なのかどうかは不明だが、向けられるのは明らかな敵意だ。 そんな矢先だった。 突然、向けていた銃口を下げた獄吏たちは一斉に道を開け、そして、奥から現れた人物に敬礼をする。 「……いくらマーソン家のご子息とはいえ、おいたが過ぎるな」 地を這うような低い声から滲み出るのは、憤怒だ。 武装した獄吏たちの先頭、現れたその男に、リューグは舌打ちをする。 濡れた黒髪、その下の鋭い目がこちらを確かに見た。 暗闇でも分かるほど光る赤い目に、咄嗟に俺は視線を外した。けれど、「曜」と名前を呼ばれれば、体が反応する。心拍数は上がり、腹の奥が嫌に熱を帯びた。

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