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「何を……」 獄長の顔が引き攣る。それを無視して、巳亦は俺の目を覗き込んだ。深い、真紅の瞳は見つめるだけで吸い込まれそうなくらい綺麗で、見られたくないって思うのに、不思議と巳亦から目が逸らせなくなる。 「曜、俺はどんなお前でも嫌いにならないよ。……だから、大丈夫だ。俺がお前を嫌になるはずがない。どんだけ貪欲だろうが、淫乱だろうが……こんなデクの棒相手に汚されようが俺はお前を嫌いにならないよ、曜」 冷たくて、それでいて深く包み込むような優しくて耳障りのいい声。散々なことを言われてるし見られてるってわかってても、嫌いにならない。その一言だけで頭の中を占めていたぐちゃぐちゃな感情が一気に浄化されるような錯覚に陥る。 なんだか泣きそうになる。悲しいわけではない。喜ぶところではないとわかってても、それでも受け入れられるってだけでこんなに心が満たされるとは思わなかった。 「っ、み、まひゃ……」 「……もっと、キスしてくれ。曜」 他の男に抱かれてる俺にそんなことを言う巳亦もおかしいのかもしれない。俺は人間だから、神様が考えてることなんてわかんないけど巳亦からしてみたら俺の悩みも全部ちっぽけなものなのかもしれない。そう思ったら、もう何も考えられなかった。 求められるがまま首を動かして巳亦の頬に擦り寄る。うまくキスできなくて、それでもよじ登るように巳亦にしがみついてその唇にぶつかるようなキスをしたときだった。 ぬるりとした二股の舌が唇に触れようとして、離れた。 否、背後の男に後ろ髪を掴まれ、無理矢理引き離されたのだ。 「っ、俺の許可なく勝手な真似をするな……!」 「ぁ゛、ひぐッ」 「貴様も貴様だ、節操のないだらしないガキが……!貴様は今誰の相手をしている?……俺以外の男を見るな……ッ!」 「ぁっ、ひッ、んんぅうあっ!」 不快感を顔に出した獄長に思いっきり腰を掴まれ、腹の奥、本来ならば開かれないそこを思いっきり先端部で潰され自分のものとは思えないような声が漏れる。 痛みよりも、得体の知れない強烈な刺激に頭の中は掻き乱され、俺はずり落ちる体を支えるように必死に目の前の巳亦にしがみついた。 「みまひゃ、みま、ぁ、あぁぁッ!」 甘勃ちした性器からは精液はもう出ない。代わりに止めどなく溢れるのは透明の液体と電流のような持続的な快感の波。痺れる下腹部に残る快感だけがただ焼け付くようだった。 「っ、曜……っ、俺だけを見てろ」 巳亦の声に辛うじて意識を取り留めることができた。巳亦、巳亦がいる。それだけで安堵して、俺は何を考えるよりも先に巳亦に口つけた。それはキスと呼ぶにはあまりにも稚拙で、押し付けるようなものだったがそれでも巳亦に触れた箇所は暖かくなっていく。 痛みが和らぐようだった。 「っ、は……ふ……んん……っ」 「……っ、この駄犬が……っ!」 「ん゛ひッ!!」 思いっきり臀部を叩かれ、皮膚が破裂するような痛みとともに全身に電流が流れる。焼けるように熱くなる尻をそのまま強く揉まれ、思いっきり中を抉られる。 「ぁ、ひぎ、ッ、ぉんぐぅッ!」 「貴様、人間の餓鬼のくせにこの俺を愚弄するのも大概にしろ……ッ!そんなに雄が好きか?堪え性のない発情犬目が……ッ!」 「ぉッ、うご……ほ……ぉ……ッ!」 「……ッ、は……クク……ハハ……ッ!…………不細工な面だな、巳亦貴様こんな餓鬼に本気で入れ込んでるというなら相当な悪趣味だぞ」 「……っ、は、……それはお互い様だろ。……それに、曜はどんだけ汚れてようが可愛いよ」 「貴様のような変態と一緒にするなッ!」 摩擦、摩耗、肉が無理矢理開かされる。内側から裏返るような錯覚。焼け付くほどの熱に内臓ごと焼き尽くされる。どこまでが自分の体なのかも判断つかなくなるほど俺の身体は獄長を受け入れるためだけの肉の器と化していた。妙な術はかかっていない、そう思いたいのに、まるで指先まで力が入らないのだ。 「っう、ぁぁああ゛!」 逃げる腰を掴まえられ、一気に根本まで叩き付けられる。それだけで脳は疑似絶頂を迎えるのだ。精液など等に出ない。代わりに先走りが巳亦にかかる。 開いたままの口からは唾液と獣じみた呼吸が溢れた。焦点がぶれる。頭が回らない。世界が歪む。自分が何者かすらわからなくなって、何をされてるのかもわからない。 それでも、巳亦がいる。それだけは確かにしっかりと体に残っていて。 「はぁ、……はぁっ……ぁ……ッ、みま、ひゃ……みま……」 「――……黙れ……ッ!!」 「ん゛ッ、ぅ、んんッ!」 顔を無理矢理上向かされたかと思えば視界が黒く塗り潰された。低体温の唇に噛みつかれる。下唇を舌で捲られ、無理矢理侵入してくる舌に咥内を執拗に舐られた。 これをキスと認めたくなかった。巳亦の優しいキスとは違う、奪うだけの獰猛な粘膜同士の接触。 「ん゛、ふッ!ぅ、んん……ぅうう゛ッ!」 上と下を同時に獄長で犯され、巳亦が遠のく。それが不安で、頭の中、俺は何度も巳亦を呼んだ。そうしなければ自我を保てなかった。すべてをこの男に持ってかれそうになったのだ。 「ぅ゛ご、ッむ、ぅ゛ングぅっ!」 揺さぶられる下腹部、持ち上げられた自分のつま先が獄長の肩の向こうで揺れるのをぼんやり眺めながら、ただひたすら受け入れることしかできなかった。頬を伝うのが涙なのか汗なのか或いは別の体液か、それすらもわからない。 「……ッ、……!」 舌に絡む獄長の舌が僅かに強張る。そして、腰を掴むその指先に力が籠もった瞬間、息を飲んだ。本能的危機感。今更それを覚えたところで意味なんてないというのに、身体はまだ逃れようとするのだ。 「っ、ぐぅッ!!んんぅううっ!」 怒張した性器が一層熱を持ったかと思った次の瞬間、腹の奥で吐き出される熱に堪らず全身が緊張する。仰け反る身体を抱き締められ、奥深くへ直接注がれるそれに頭が真っ白になった。 中に深く突き刺さっていたそれを引き抜かれた瞬間内壁ごと引きずり出されるような感覚を覚えた。栓を失い、閉じることもできずに開いたままのそこからは溢れ出すものが何なのか確かめる気力もなかった。唯一理性を保っていた緊張した糸が完全に断たれ、脱力する。足を閉じることもできないまま倒れそうになったときだ。 「曜っ!」 そう、巳亦の声がそばでしたと思った次の瞬間。何かが壊れるような音がした。鈍い音が聞こえたかと思った次の瞬間、しっかりと身体を抱き締められる。 びっくりして顔を上げればすぐ側に巳亦の顔があって。恐る恐る自分を抱きしめる腕に目を向け、ぎょっとする。 それは、獄長も同じだった。 「ぅ、え」 「な……貴様……ッ」 赤く染まるその腕は黒く蠢いていた。蛇の鱗に覆われた二の腕は赤黒く染まり、その一瞬、巳亦が何をしたのか理解した俺は血の気が引くのを覚えた。 「巳亦、腕が……ッ!」 「……なに、腕一本どうってことないさ。……しかし、この椅子は不良品だな。魔力は吸っても、神通力までは吸われないらしい」 「……っく……」 自分の腕を自分で千切って拘束を掻い潜り、そして瞬時に腕を修復させたということか。人間離れした力技に今更驚くなと言われても難しいが、それでも、またたく間に元に戻る腕にホッとするのもつかの間。 顔を掌で多い、俯き肩を震わせる獄長。悔しがってるのか、そう恐る恐る顔を上げたときだった。 「く……ククク……フハハハ!」 「……ッ!」 「……なるほど、そうか、そうだったか……貴様が神か、ああ……忘れていた、そうだな……そうだったな……貴様はここまで堕ちても神を名乗るほど面の皮が厚い男だったなッ!」 怒るのか、それとも悔しがるのか。そのどちらでもなく、獄長は楽しそうに口の端を釣り上げて笑うのだ。けれど、その目は笑っていない。 ビリビリと震える空気に威圧を覚え、身体が竦む。後退れば、荒業で拘束を掻い潜った巳亦に身体を抱き抱えられた。 「ああ、そうだよ。……俺を神だと思ってくれる子がいる限りね」 「……み、また?」 「大丈夫だよ、曜。お前はなんにも心配しなくていい」 優しい目。けれど、その奥の光は怪しく、冷たい。 膝の裏に差し込まれた掌に強く抱き締められる。開けた体の上に巳亦の上着を掛けられ、仄かに残った血の匂いと温もりに包まれた。 「……悔しいが、お前のお陰で俺に対する曜の信仰心は強くなった。お陰でこの通りだ」 「ハッ!それは良かったな。……それで?そこのガキを汚された恨みでも返すつもりか?脳みそをぬるま湯に漬けたような思考でか?」 「あぁ、そうだな。俺も同じことをして返したいところだったが……それは俺の役目じゃない」 「その代わり」と、巳亦が口にしたと同時に空気が振動するのを感じた。ずっと続いていた地震とは桁違いだ。地面だけではなく空気ごと震わせるその振動に恐ろしくなって巳亦に抱きつけば、巳亦は何も言わずにただ俺の頭を優しくあやすように撫でる。 そして、笑った。 「――……お前の城を壊す」 床にピシリと亀裂が走る。 建物全体が軋み、あちこちに入るヒビから一部欠片が落ちてくる。地震は止むどころか次第に激しさを増す。俺一人ならば立ってられないほどの揺れだ、それでも、巳亦も獄長も顔色一つ変えずにそこにいた。 「クククッ!それが何を意味するのか分かってるのか?貴様、ただでは済まんぞ」 「ああ、俺は別にどうなったって構いやしないよ。元よりどうでもいいと思っていた命だ。それなら、ここにいる連中全員俺が沈めてやる。そうすれば、曜に害なす者が居なくなるからな。……曜と穏やかに過ごせるなら万々歳じゃないか?」 「少しは治ったかと思えば変わらんな、貴様の危険思想は。…………――やはり早くに始末しておくべきだったか」 獄長の口から笑みが消える。 轟音。それが地割れからか、それとも空気の振動によるものなのかすら判断つかない。けれど、ただ、いまから恐ろしいことが起こる。それだけは俺でもわかった。 「み、また……これ……」 「大丈夫だよ、曜。……お前は少しの間眠ってればいい」 「すぐに終わらせるから」そう、巳亦の唇が額に触れたとき、全身を支配していた恐怖がずるりと抜け落ちる。否、意識ごと奪われたのだと理解したときには全て遅かった。

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