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29※
――誰が言うか、そんなこっ恥ずかしいセリフ。
言い返してやりたいのに言い返せないのが何よりも悔しかった。けれど、少しの間だけでも我慢して、黒羽さんかテミッドが来てくれれば。
「おい、何をしている?早くその口で復唱しろ。……それとも、貴様の頭はとうとう言葉すらも通じなくなったのか?」
「……は……ッ?」
「何を呆けてる。言えと言ってるんだ」
「ああ……そうだ、ちゃんと自分で服を持ち上げて胸をこちらに向けろ」なんてちゃっかり追加注文してくる獄長に今度こそ怒りの限界に達しそうになる。
それにも関わらず、少しでも躊躇すれば獄長は容赦なく銃口を巳亦に向けるのだ。
「早くしろ、俺は気は長くないぞ」
そんなこと、知ってる。嫌ってほど知らされた。
ムカつくけど、腹立つけど、少しの我慢だ。巳亦を助けるためだと自分に言い聞かせながら、俺は制服の裾を持つ。
指が震える。顔が焼けるように熱くなる。耳だって、溶けてんじゃないかってくらい火照ってる。
「っ、曜、言わなくていい、そんなこと、お前がする必要は……」
「何をしている、曜。あの男が大切ならば……何をすべきかくらいその小さな頭で考えることくらいはできるだろう」
巳亦と獄長。どちらの言うことを聞けばいいのかなんて、わかりきっていた。最初から誰を助けるべきか決めていた、そのためにわざわざこんなところに来たのだ。
巳亦を傷つけるくらいなら、俺は。
「……く、ちょ……さま……」
「聞こえないな」
「っ、獄長…………………………さわって……くだ、さい……」
語気が萎む。こんなこと、なんで俺が言わなきゃいけないんだ。腹の中で文句を言ってやらないと気が済まない。
自分の意思で言葉にするということがここまで枷になるとは思わなかった。吐いた言葉が見えない縄となって全身を拘束されるようだった。
息を飲む巳亦、獄長は声も出さずに笑った。
「ほう……どうやらどこかの蛇よりも物分りがいいらしいな。……賢い餓鬼は嫌いじゃないぞ、曜」
「……っ、言っただろ、いい加減に、巳亦を……っ」
「何を言ってる?まさか、これで終わりだと思っていないだろうな」
「……ッ、ぅ、あ……ッ!」
突き出した胸を撫でていた指に抓られ、堪らず背筋を反らす。痛い、痛いのに、それ以上に、焼けるように熱い。
「や、め……ッ」
「……こんなに触ってほしそうに尖らせておいてどの口で言う」
「ひ……ッ、ぅ、く……ッ」
「どうした、……随分とここが苦しそうではないか。あのような粗末なものをここまで勃起させるとはな……涙ぐましいではないか」
誰が粗末だ。確かに、大きいかと言われればそう断言できるほど立派なものは持ち合わせていないけれどだ、言葉で貶され、それなのに萎えるどころか反応してしまう自分が余計悔しくて歯痒い。
背後から獄長に羽交い締めにされ、息を飲む。
身じろいだところでこの化物相手に力で勝てることはない。わかっていても、本能的に体が反応するのだ。
「は、なせぇ……っ」
「力が入っていないぞ、餓鬼。……なるほど、貴様は抓られるよりも揉まれる方が弱いのか」
「ッ……く、ひ……ッ!」
先程まで痛みしかなかったそこを柔らかく扱かれ、全身がぶるりと震える。
なにかがおかしい、自分の体じゃないみたいだ。
熱い、熱くて胸の先がジンジンして……崩れ落ちそうになる体は、辛うじて獄長に掴まれる形で体制を保っていた。
「っぃ、や……ッだ、ぁ……ッ」
「ほう、随分といい声で鳴くようになったではないか。……いいぞ、もっと聞かせろ。あの男にもたっぷり聞かせてやれ」
「っ、ぅ、ふ……ッく、ぅう……ッ!」
獄長の声にハッとし、歯を食いしばる。けれど、吐息混じりの声までは押し殺せなかった。
執拗に揉まれてる内に少し触られただけでも胸を貫かれるような電流が走り、何も考えられなくなった。
汗が滲む。爪先に力が入り、丸くなる。仰け反る俺を捕まえ、それでも執拗に指先で弄ばれれば俺はそれから逃れるように必死に獄長の体にズルズルと持たれてしまうのだ。
「ぅ、あ……っ、あぁ、嫌、触るな……ッ、嫌だ、クる……ッや、やめ……っ、いやだ……っ!」
見えないなにかが足元から這い上がってくるような得体のしれない恐怖に全身が震える。熱い、喉まで焼けてしまいそうだった。
獄長はそれでやめるような善人ではない。追い打ちをかけるように限界まで尖ったそこを揉まれ続けたとき、堰き止めていたなにかが自分の中で決壊する瞬間を確かに感じた。
真っ白に塗り潰される視界。
下腹部が、内腿が痙攣し、腰から力が抜け落ちる。
それとほぼ同時に、じわりと下腹部に嫌な熱が広がった。お漏らしに似た、いやそれ以上の不快感に堪らず呻く。
「っ、ふ……ッぅ……」
顔も上げることができなかった。
巳亦にどんな顔をしたらいいのかわからなくて、俯いたまま俺は確かな射精感を覚えた。
爽快感なんてありゃしない、あるのは耐え難い屈辱だけだ。
情けない。恥ずかしい。今更だとは言われても、獄長の手で、それもこんな状況にも関わらず快感を覚えてしまう自分の体の浅ましさにヘドが出る。
負傷していない方の巳亦の目と視線がぶつかった瞬間、全身の血液が沸騰したかのように熱くなる。
「っ、ぅ……ぁ……いやだ……み、るなぁ……」
「……っ、曜……」
呆れられてるだろう。今度こそ嫌われたのかもしれない。
血液で赤黒く濡れた前髪の下、陰った巳亦の表情は読めない。けれど俺を呼ぶその声に含まれるものは、明らかにいいものではなかった。
「見たか、巳亦。この餓鬼、胸を弄られただけで達したぞ。随分と素質があるらしいな……まさか貴様が仕込んだのか?」
「……っ……」
「ああ、そうか貴様らはまだ何もしていないのだったな。……だとしたらこの堪え症のなさは天性のものか」
まだ指の感覚が残ってるそこを引っ掻かれ、全神経に電流が走ったかのように体が反応する。
逃げ腰になる体を強引に捕まえられ、そしてやつは凶悪な笑みを浮かべてみせた。
「悪くないぞ、曜。……媚びることしか能しかない人間なりに、精々その体をつかって俺を愉しませてみろ」
足元も覚束ない体を軽々と引き摺られ、抵抗することもできなかった。
何をするつもりなのか、何を企んでるのかまるで理解できず、ただされるがままになっていた矢先だ。
暗転、どこかへと乱暴に突き飛ばされたかと思った瞬間、血の匂いが濃厚になる。
「……っ、ぐ……」
なにかにぶつかった。
そう理解した瞬間すぐそばから巳亦の声がして、慌てて体を起こそうとしたところを獄長によって制される。
巳亦の膝に座らされているとわかった。体の下の体温に血の気が引いた。
「っ、や、めろ……っ!」
「どうした、貴様の大好きな巳亦の側だぞ。よもや、この男の前は恥ずかしいなどと生娘のようなことを言うわけではないだろうな」
「散々醜態を晒しておいて今更恥が残っているのか、お前のような俗物に」慌てて退こうと腰を浮かそうとするが、上から覆いかぶさってくる獄長に腿を掴まれ、敵わなかった。
傷だらけの巳亦の負担になりたくない。それ以上にこんな至近距離で触れてくる獄長に殺意しか芽生えなくて、伸びてきた手を引き離したい衝動に駆られるが背後の巳亦のことが気がかりで躊躇う。
「……っ、ユアン、貴様ッ!!」
「どうした?大好きな曜を近くに感じて嬉しくはないのか」
「ふざけ……っ」
巳亦の体温が近い。
場違いだとわかってても、すぐそばにある巳亦の体温に安堵をせざるを得なかった。低体温気味だが、脈が早い。
それと同時に、巳亦が喋る度につむじあたりに息を感じ、嫌でも意識せずにはいられなくて。
流れ込んでくる心拍数が重なるように、心臓の音が加速する。
「……っ、み、また……見ないで……っ」
「っ曜……」
「勝手な真似をするなよ、巳亦。貴様は椅子だ。ただの家具に過ぎない。……精々この餓鬼が俺に犯され泣き喚いてるのを黙って指を咥えて見てるといい」
躊躇なく下腹部、その最奥へと触れてくる獄長に息を飲む。条件反射でその腕にしがみつきそうになるが、やつはそれに構わず指を捩じ込もうとしてきた。
「ひぐっ!」
声が堪えられなかった。排泄器官を無理矢理抉じ開けられるようなその痛みに内壁を引っ張られ、自然と涙が滲む。
焼けるように熱い。それでも無視してぐっと入ってくる指に声にならない声が洩れた。
「っ……やめろ……っ!ユアン!」
巳亦が止めてくれるのが嬉しい、というよりも情けなさでいっぱいだった。俺はこの人を助けたいだけなのに、余計に心配させてる。自分の方が苦しいに決まってるのに。
――居た堪れない。
椅子の上、拘束された巳亦の手に自分の掌を重ねた。
瞬間、微かに巳亦の手が反応する。動けないとわかってても、それでも、「曜」と、握り返してくれようと反応する巳亦に胸が痛む。
「……っみ、また……俺……大丈夫だから……大丈夫だよ、大丈夫……これくらい……へい、き……だから……っ」
「曜……やめろ、そんなこと、言わないでくれ……っ頼むから……」
巳亦、とその名前を呼ぼうとした瞬間だった。
「っう゛、ぎ」
下腹部に衝撃が走る。獄長の指を一本既に飲み込んでいたそこに三本一気に更に捩じ込まれたのだとわかったのは大きく持ち上げられた下腹部、そこに獄長の指を根本まで飲み込んでいるのが見えたからだ。
「――つまらんな」
そして、指の動きに合わせて収縮していたそこの動きも全部無視して強引に左右に押し広げられる。角度によれば中の肉が覗くほど強い力で広げられるそこに目を見開く。心臓が加速する。
「……っ、ぁ、や、め……ッ!」
「曜、貴様は俺に隠し事が出来ると思ってるのか。……本当はさっさと犯されたくて堪らない癖に何が大丈夫だ、真人間ぶるな。まだ何もしていないというのに既に肛門の口が開いているぞ」
「ち、が、ちが……っ」
「――1秒でも早くここにペニスを埋め込んでもらいたかったんだろう、ド淫乱の糞餓鬼が」
違う、という言葉は続かなかった。
空気を吐くこともできなかった。視界が黒に覆われる。
剥き出しになっていたそこに明らかに指とは違う熱、質量のものを押し当てられ、それがなんなのか理解した瞬間のことだった。
「ぎ――ッ!!」
「…………ッ、よ、う……」
凡そ人語として成り立っていない断末魔が自分の喉から溢れ出した。
腹を突き破られたかのほどの衝撃に黒く塗りつぶされていた視界が白に染まる。頭の中で警報が鳴り響く。逃げないと、そう思うのに容易く抱き込まれ、更に奥へと怒張したモノで腹の中を掻き回される。通常刺激されるはずのない場所を押し上げられた瞬間、自分のものではないような声が洩れた。
「っ、ぁ゛、は……ッ!」
黒羽に押し倒されたあの日の夜のことが蘇り、血の気が引く。けれどあの時とは決定的に違う、まだ零時ではなければ相手は黒羽さんでもない。――獄長だ。
「っ、嫌、やだ、抜っ、ぬひ、ぎ……!ぁ、ぁ゛ッ、あッ、ひ……ッ嫌だぁ……!!」
「……っ、クク……人間の体はやはり小さいな……っ!力加減を見誤ってうっかり壊してしまいそうだっ!」
巳亦の心臓の音が、熱が、流れ込んでくる。何も言わない、言葉はない、どんな目でこちらを見てるのか確認するのも恐ろしかったし、俺自身にそんな余裕もなかった。
息をすることもできなくて、本当に体ぶっ壊れて喉からチンポ出てくんじゃないのかってレベルの痛みと圧迫感にひたすらえずく。負担に耐えられず打ち上げられた魚のように跳ねる体を更に体重かけて深く腰を落としてくるのだ。
セックス、なんて生易しいものではない。
繁殖目的の交尾でもない、ただ俺を貶め、自分の玩具だと見せしめるためだけの行為だ。
そこに快感などない。あるのは果のない屈辱と怒り、それと自己嫌悪。
「……っ、巳亦、貴様の恋人の中はなかなか悪くないぞ……」
「――……」
「っ、ぁ、や……だぁ……ぬ、ひ……ッ!ィ、抜いて、嫌だ、いやだぁ……ッ!」
獄長が動くたびに息が途切れ、声が乱れる。喉奥から漏れる声が悲鳴のような情けない声になる度に恥ずかしかったが、それでも、頭が回らなかった。苦しい、熱い、怖い。殺したい。助けてくれ。ぐっちゃぐちゃの感情の闇鍋みたいな中、わけのわからないまま条件反射で性器が頭擡げ始めるのを見て絶望する。
こんな不毛な行為、気持ちいいはずなのいのに、なんでだ。俺の意志とは裏腹に、根本まで挿入され腹の中パンパンに詰まったブツを出し入れされるだけで頭ん中までぐちゃぐちゃになって、ドーパミンみたいなのがドパドパ出てくるのだ。
「っ、ぁ、あっ、ィ、んんっぅ、う、ぁっ、あぁ……っ!!」
この男、俺の体になにかしたのか。そう思わないと、辻褄が、心と体が本当に噛み合わなくなる。
苦しいだけのはずなのに、耳の裏が、頭の中が酷く熱くなって、唾液が溢れる。性器の裏側を中からごりごりとこすられるだけですぐに性器に血流が流れ、あっという間に勃起してしまう。
先走りで濡れた自分のものが腰の動きに合わせて揺れるのが視界に入り、顔が熱くなる。嫌なのに、我慢したいのに、突かれる度に声が勝手に出てくるのだ。
「……っ、なんだ、これは。そんなに待ち遠しかったのか、雄に犯されるのが……ッ!」
「ちが、ぁ」
「……ハ!違わないだろう、なんだこの体たらくは……腰まで振って、これではまるで盛りのついた犬ではないか」
「ひ、ちが、おれ、こんな……っおれ……みま、た……ちが、おれ、こんな……っひぎぅ!」
腰を抱きかかえられた瞬間、体重によって根本奥深くまでズンッと一気に入ってくる。その衝撃に耐えられず、目の前の獄長の体へとしがみつけばやつは喉を鳴らすようにして低く笑った。
「……違わないだろう、貴様は待ても出来ない駄犬だ」
「ぁ゛、ぁッ、ひんッ!」
「……っ、この俺がこうして自ら抱いてやってることに泣いて感謝しろ。本来ならば貴様のような堪え性のない男娼なんぞ相手にしないのだからな……っ!」
片腿を持ち上げられ、隙間ないくらい深く挿入されたかと思えばそのままグリグリと抉られ、全身が痙攣した。頭の中が茹で滾るようだった。溺れる。水なんてないはずなのに空気を奪われ、均等感覚すらも失い、ただ襲いかかってくる快感の波から逃れようと巳亦に縋りつこうと体をよじる。
その都度腿を、臀部ごと鷲掴まれ、引き戻され、肉が潰れるくらいの力でピストンを繰り返されるのだ。
「おぐッ、ぁ、奥、当たっ、ぁ、いひ……っ!ゃ、だめ、そこ……っだめ、おく……つぶれ……っ!!」
「よく見ろ、巳亦ッ!貴様の愛した人間は嫌いな相手のペニスでも腰を振って善がるような阿婆擦れだ!好きだのなんだの語っていたが射精さえすればなんでもいいという盛りのついたこの牝犬を貴様は伴侶に選ぶのか!」
「っ、い、ひ、ぁ、っうぅっ!いや、ぁ、みる、な……みないでぇ……っ!!」
恥ずかしいのと苦しいのと気持ちいいのと熱いのがまぜこぜになって、呂律の回らない舌を動かして懇願する。
わけわからなくなっても巳亦の視線が怖かった。嫌われたくなかった。失望されたくなかった。唯一の挟持を体で、心ごと、踏み潰されてズタボロにされる。
「逃げるな。……隅から隅まで見てもらえ、貴様のその恥体を」
必死に巳亦から離れようとしていた内にひっくり返っていた俺の後頭部を掴み、獄長は力づくで引き上げる。
瞬間、すぐ目の前には巳亦がいた。剥き出しになった肉からは赤い血が固まりかけていたのが見える。潰れた眼球が、たしかにこちらを見ていたのがわかった。
「みまた」と、咄嗟にその名前を呼んだときだった。
残っていた片方の目が、細められる。
それと、視界が遮られるのはほぼ同時だった。
「――っ、ん、ふ」
唇に触れる柔らかい感触に目を見開く。
血の味、鉄の匂い、覚えのある割れた舌の感触。すぐ目の前に巳亦がいて、キスされている。そう理解した瞬間、何も考えられなくなった。
「っ、貴様ら、何を……」
「っ、ぅ、んんっ、ん……っ!う……っ!!」
息苦しさ、酸素を求めようと薄く開いた唇に割って入ってくる舌に優しく舌を絡め取られる。目の前の巳亦の傷口が蠢くのがわかった。肉が、元の形へと戻ろうと蠢いてるのだ。グロテスクな巳亦の傷口から目を離せなかった。
それ以上に、俺は巳亦の行動に混乱していたのかもしれない。
獄長に首根っこを引っ張られ、無理矢理キスを中断させられる。今のキスだけで両目を取り戻した巳亦は、口元に薄く笑みを浮かべた。
それは、ゾッとするほど冷たいものだった。
「……人間の嫌なところは散々見てきたさ」
「今更、これくらいで嫌いになるわけ無いだろ」先程までの荒々しい怒りはない。その代わり、どこか諦めたような色すらもあるその目に腹の底から凍えるようだった。
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