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「……ッ曜に、手を出すな……」 「妙な真似をするなと言ったはずだ。このガキの腹にお揃いの風穴開けてやってもいいんだぞ」 「……ッ」 「……やはり、貴様はどんな悪夢よりもこんな小便臭いガキが傷つくことを恐れるらしいな」 「惚れているのか」そう、囁くように問いかけるその声は俺ではなく、確かに巳亦へと向けられていた。 伸びてきた手に喉元を掴まれる。顔を上げさせられ、顎と首の付け根をなぞる革手袋の感触に息を詰める。 「ユアン……ッ」 巳亦がそう、目を見開いた瞬間だった。 巳亦の腹を裂いた短刀が、首筋に沿うように向けられる。 「妙な真似をするなと言っただろう」 赤黒く濡れた、肉片のようなもので汚れたその短刀から目をそらせなかった。冷たい汗が滲む。濃厚な巳亦の血の匂いに、頭の奥が熱くなる。息が苦しい。 この男は人を傷付けることをなんとも思っていないのだ。 それを知ってる巳亦は、口を閉じた。肘置き部分を掴むその手に、青筋が浮かぶ。 おとなしくなった巳亦を一瞥し、獄長はその赤い目をこちらに向けるのだ。愉しそうに。 「口を開け」 「……っ」 「ああ、そうだ。……その小さい舌も出すんだ」   刃物を握った手で、俺の唇を摘む。 すぐ顔の側で嫌に光るそれを意識しながら、俺は、言われるがままに口を開いた。本当は従いたくもないが、これ以上巳亦が傷つくのを見たくなかった。 ゆっくりと口を開けば、口の中に親指が捩じ込まれる。革の乾いた感触に全身が強張る。無遠慮にねじ込まれたそれにより思い切り口をこじ開けられた。 顎が外れそうになったときだ、視界が陰る。 唇に何かが触れた。そう思ったときにはもう遅かった。 「ん゛ぅ……ッ、ふ、んぅう……ッ!」 咥内を掻き回される。俺よりも冷たいその舌の感触で口はいっぱいになり、粘膜同士が擦れるたびに全身が震えた。忘れていたかったあのときの熱が蘇る。 獄長に意識を乗っ取られたあのときの羞恥すらも。 「やめろッ!ユアン!」 微睡みかけた意識の中、聞こえてきた巳亦の怒声にハッとする。俺から唇を離した獄長は、自分の唇を指で拭った。 「……たかが接吻程度で反応するとはな。……そうやってこの男も誑かして可愛がってもらったのか、人間」 「それともなんだ、もう種付はしてもらったのか」そう、獄長は反応しかけていた俺の下腹部を掴み、猥雑に笑う。不可抗力とはいえ、見境なく熱を持ち始めていた自身を暴かれ、羞恥と情けなさで顔が熱くなった。 けれど、それ以上に頭にきたのは巳亦に対する言葉だ。 「っ、違う、巳亦は、そんなことしない……っ!」 「……ほお。そうか、この蛇男とはまだ何もしていないのか。……ククッ、なるほどな」 少なくともまだ何もされていないのは事実だ。 撤回してもらいたくて言った言葉だが、獄長はもっといい玩具でも見つけたかのように低く喉を鳴らし笑うのだ。 そして、俺の腰を抱いた。 裾の下から滑り込んでくるその手は、円を描くように腹を撫でた。すると、獄長の手に反応するかのように触れられた箇所が暖かくなる。 じわりじわりと下腹部に熱に全身が震え、息を呑む。 「巳亦、お前の大切な人間は俺が丁重に扱ってやろう。二度と貴様がわからなくなるようにな」 「貴様……っ!!」 「暴れても無駄だ。力を使おうとしたところでその椅子が全て吸い取るだけだ。貴様はそこで指を咥えて見ているといい。このガキが俺に陵辱され苦痛で泣き叫ぶ姿をただ指咥えてな」 その言葉に、血の気が引いた。 あのときは、リューグが助けてくれた。けれど今は、いない。いるのは手足も出ない巳亦だけだ。 まずい、と思ったときには何もかもが手遅れだった。獄長の腕から逃れようとしたとき、耳朶に唇を押し付けられた。 「っ、や、め」 「さっきの約束をもう忘れたか。貴様が抵抗すればあの男の体に穴が空く」 「今度は……そうだな、あの目障りな目を潰すか」そんなことを平然と言ってのけるこの男に何も言えなかった。逃げようと伸ばされた手はやり場を失う。 巳亦が傷つくのは、嫌だ。それなら、俺が我慢すれば……。 「ッ俺のことはいい、曜、逃げろ!黒羽さんたちのところに行くんだ!」 俺の思考を掻き消すほどの声だった。 巳亦の言葉に、弾かれたように俺は獄長の指に噛み付いた。舌打ちとともに拘束が緩む。その瞬間を狙い、獄長を突き飛ばそうと腕を突っぱねるが……びくともしない。 「愚かな。……俺から逃げられると本気で思ってるのか?」 ……そして、聞こえてきたのは底冷えするほどの冷たい声。視界の隅で刃物が光ったと思ったときには全ての遅かった。胸倉を掴まれ、大きく横一文字に切り裂かれる胸元。 薄手の制服を突き破り、皮膚に走る痛みに息を呑む。 「っ、ぅ……っ!」 「曜ッ!!」 「貴様が暴れればあの男が傷つき、あの男が余計な真似をすれば貴様を傷付けよう。そうすれば公平だ。そうだろう?」 「な、に……言って……ッ」 「ああ……そういえば貴様、俺の指を噛んだな」 まさか、と思ったときにはもう遅い。獄長の手に握られた黒い銃、その銃口が巳亦に向いた瞬間、俺は「巳亦っ!」と叫んだ。けれどその声は破裂音に掻き消される。 赤く染まる巳亦の顔半分。濡れたような黒髪は赤い血で汚れ、前髪の下、破裂したように抉られたその右目部分を確認することはできなかった。 息が、浅くなる。ぼたぼたと濡れる赤い血。巳亦は悲鳴すらもあげなかった。ただ、食いしばる歯の奥、獣じみた浅い呼吸を繰り返していた。残った片方の血走った左目は、こちらを見た。大丈夫だ、そう言うかのように口が動いたが、言葉の代わりに溢れたのは赤が混ざった涎だ。 「み、また……」 声が震える。傷ついた体は、いくら不死身とはいえど普通ならば致命傷となり得るものばかりだ。散らばる脳漿、体液、溢れる臓物、血。それらを見て平気でいられるほど俺はできていないし、そんな人間になりたいとも思えない。 吐き気すらわからなかった。ただ、胸が苦しい。呼吸が浅くなり、目の前が暗くなる。巳亦が、俺のせいで苦しんでいる。 「他の男の心配か?……随分と余裕があるようだな」 胸の傷口から溢れる血で体を汚すように上半身を撫でられる。俺は、今の一発で抵抗する気力が削がれていた。 逃げないといけない、以前として警報は頭の中で響きっぱなしだったが、それ以上に失敗したときのことを考えると恐ろしかった。 「……ほお、急に大人しくなったな。貴様もあれがそんなに大切なのか」 巳亦を指して笑う獄長に何を返す気力もなかった。 何も答えない、無反応を決め込む俺に獄長は不満に思ったらしい。胸を強く掴まれ、傷口から赤い血が溢れ出す。その痛みに堪らず喘いだ。 「ひ、く……っ」 「クク……何を泣いている、そんなに痛いか?それとも、あいつのために胸でも痛めてるのか」 「う、るさい……っ」 「貴様、誰に向かってそんな口を利いている」 「っ、い……ッ」 ぎゅっ、と胸の先端部を摘まれ、針を指すような鋭い痛みが走る。堪らず声を漏らせば、獄長はその指先に更に力を加えるのだ。潰され、そして引っ張られる。傷口が広がり、焼けるような熱と痛みに堪らず喘いだ。 「曜……ッ!」 片目を潰された巳亦は、真っ赤な声で俺を呼ぶ。 心配させてはいけない、そう思って咄嗟に唇を噛めば、獄長は楽しげに喉を鳴らして笑った。 「涙ぐましいな」 「ぅ、ぐ……んぅ……ッ!」 「けれど貴様の体はその口よりもずっと正直者のようだ。……痛みすら快感になるとは、人間の体の順応性というのは恐ろしいな」 「何、言って……っ」 言い終わるよりも先に、ぐっと肩を掴まれ、胸を無理矢理逸らされる。破けた皮膚、血で濡れた自分の胸が視界に入り、思わず目を反らしそうになった。 「見ろ。……貴様の粗末な生殖器官だけではなくこの胸もまるで女のように尖っている。俺を求めてな」 「バッカじゃねーの……っ、そんなわけ……」 ないだろ、と声を上げるよりも先に乳首を転がされ、思わず息を飲む。死ぬほど痛いし、油断したら涙だって出そうなのに、散々弄り回されたそこを捏ねられたら変な感じが腹の中からぞぞっと這い上がってくるのだ。 気持ちよくなんかない、寧ろこの男に体を好き勝手されるってだけで気持ち悪いのに、なんだこれ。 「は、なせ……っ、やめろ……ッ!」 「どうした、声が甘くなっているな。……俺のこと殺してやると息巻いていたのはどこのどいつだ?」 「……ッ、く……ぅ……ッ」 うるさい、うるさいうるさい。 耳元で囁かれるだけで頭の中が不安と焦りでグチャグチャになってもうわけわかんなくなる。 言い返してやりたいのに、口を開ければ変な声が出てしまいそうで嫌だった。 気持ちいいはずないだろ、こんな。 手袋越しに揉まれて、こんなちっこい場所イジられたって俺は男だ。気持ちいいはずなんかあるわけない。 「……っ、も……良いだろ……」 「……どうした?平気なんだろう、ならば堂々と胸を張っていろ」 「あの男も心配してるぞ」と、耳元で囁かれ、カッと顔が熱くなる。巳亦から見たら俺は男相手に胸なんて揉まれてさぞ滑稽なことになってるだろう。もしかしたら呆れられてるかもしれない。愛想だって尽かされてるかもしれない。……それだけは嫌だ。 「ッ……」 「くく……ッ、今度はだんまりか。少しは学習できたか?……最初からそうやって大人しくしてればいいものを」 この野郎、調子に乗りやがって。 殴ってやりたいけど、この男に圧倒的に負けてる。それに、巳亦をこれ以上傷付けられるのも耐えられない。 ぐっと唇を噛み、応える代わりに顔を反らした。 「……どこまで保つのやら」 項に吹き掛かる息に心臓が停まりそうになる。 好き勝手されるのは癪だけど、これはチャンスを伺うためだ。そう言い聞かせ、俺は目を閉じ、胸を這うその指を無視しようと試みた。息を殺す。潰して押し出し、穿り返され、まるで玩具かなにかのように揉み扱かれ、転がされる。死ぬほどではない、我慢しようと思えばできる。徐々に迫り上がる体温、滲む汗、息を吐いて呼吸の乱れを誤魔化そうとした。 「……っ、ふ……」 「どうした、背筋が丸くなってるぞ。胸を逸らすな、と言ったはずだが?」 「ぅ、く……っ!」 「しかし少し弄っただけでさっきまで粒のようなものがここまで大きくなるとはな。……そんなに俺の指は良かったのか?」 「……っ」 獄長の言葉に、顔が焼けるように熱くなる。 嫌でも目に入った自分の胸に、血の気が引いた。 赤く汚れたそこは俺の目からわかるくらいツンと主張し、赤く腫れている。勃起したそこの側面から撫でるように柔らかく揉まれれば、得体の知れない感覚が腹の奥から込み上がってくる。 「ぅ……ふ……っ!」 「どうした、もじもじして。……また小便でも垂れ流すつもりか?」 巫山戯るな、という言葉を飲み、無意識に弓ぞりになる。下腹部が変だ、下腹部だけじゃない、触られてる胸もなんにもないはずなのに……むずむずしてくる。 股間の奥が熱く無数の虫が這いずるような気持ち悪さに身悶えた。かゆい、違う、なんだこれ。変だ。 また何か妙なことしたのか、この男は。 「っ……ぅ……く……ふ……っ」 「腰が揺れているぞ、曜。男のくせに胸を揉まれて悦んでいるのか、一丁前に」 「ふ……ッく、ぅ……ん……ッ!」 「巳亦、見ているか?貴様の愛しい人の子は胸をイジられただけで勃起するような淫乱小僧だぞ。……いや、だからこそ貴様も誑かされたのか?――子作りしか能のない淫乱同士お似合いだな」 「っ、おま、え……ッ」 俺のことはまだいい、けれど巳亦のことまで人聞きの悪いこという獄長にムカついて咄嗟に身を捩らせ、殴ってやろうかとしたとき。 「……お前、じゃないだろう、曜」 背筋が凍るようなその声に、体が縛り付けられたかのように動けなくなる。 ツンと尖った胸を指で弾かれ、腰が震えた。息が乱れる。目の前が熱い。怒りと熱に飲まれそうになる思考の中、不思議と獄長の声だけが頭の中に冷たく確かに届くのだ。 「……『獄長様、触ってください』だろう」 黒羽さんでもテミッドでもこの際リューグでもいい、なんでもいいからこの男をぶっ殺してくれ。

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