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結果から言おう。
マオはめちゃくちゃ酒に弱かった。
俺が見てもわかるくらいベロンベロンになってたし、それでも酒を飲む手を止めないのだ。
そして黒羽さんはというと。
「すげーアル……あいつの胃袋どうなってるアルか。普通ならとっくに胃潰れてるアル、あの酒精で顔色一つ変えないって……」
「イイねえ、いつも偉そうなこと言ってはすぐ潰れる誰かさんよりもいい飲みっぷりだねぇ」
ある種いろんな意味で盛り上がってる一部と、黒羽の飲みっぷりを褒め称える外野に囲まれ、黒羽は用意された酒の過半数を空にしていた。
「これで最後だ」
ドン、と乱暴にテーブルへと叩きつけられる酒瓶。
完飲である。この店にある酒の在庫を飲み尽くしてしまったのだこの男は。
お腹は膨れてすらいない、どこにあの量の酒がいったのか気になって仕方なかったが、妖怪だから……なのか?いや、でも同じ妖怪であるマオはこんな調子だし……と狼狽えてる間にも俺はワッと盛り上がる外野にもみくちゃにされそうになった。
「すごいな旦那、アンタの胃袋どうなってんだ?!」
「ここまで酒に強いやつなんて早々いないんじゃないか」
やいのやいのと黒羽に囲む連中に、『そうだろ、黒羽さんはすごいんだぞ』という気持ちとなんだか面白くない気持ちが半々……。
最初は不安だったが、けど、俺のためにここまでしてくれたのだと思うと嬉しくなる……後半はもうマオをこてんぱにしてやりたいという意地もあったかもしれないが。
マオは酒瓶を手繰り寄せ、中身が入ってるやつを探そうにももう全部黒羽が飲んだあとだ。
うにゃにゃ……と猫みたいに唸ったマオだったが、一滴すら残ってないのを確認して、ぷるぷると震えだした。
そして。
「お前……インチキしただろ!」
何を言い出したかと思えば、椅子を引っくり返す勢いで立ち上がったマオは黒羽に向かってそんなことを言い出す。
びしっと突き出した人差し指、それを向けられた黒羽は黙ってるわけがない。
「……貴様、往生際が悪いにも程があるぞ……ッ!」
「そうアル、潔くこの黒羽サンにエンブレムを返すアル。かっこ悪いアルよ」
「そんなことよりもマオ、お代のこと忘れていないわよね。アンタ今までのツケも合わせて全部きっちり回収させてもらうわよ」
「ぐぬっ……な、なんだよお前らッ、俺たち同胞じゃないか!鬼!裏切り者!」
「食い逃げ常習犯だったアンタが何言ってんのよ」
そーだそーだと、マオの仲間だった連中も面白がってマオに野次を飛ばす。
ぐぬぬぬぬ……と震えるマオ。
なんだかこう……ここまで来ると本当に仕方ないやつだなという庇護欲が湧いてくるというか……。
「と、とにかく!約束は約束だからな。ちゃんと返してもらわないと困るんだよ……」
「曜君……」
うっ……酒臭い。相当な量飲んでたから無理もないと思うが、名前呼ばれただけでこちらまで酒気に当てられてしまいそうだ。
「わかったよ、返すよ……」
耳を垂れさせ、露骨にしょんぼりしながらマオは自分の服に手を突っ込む。そして、色んなポケットを探っていたマオだったが次第にその顔からは酔いが薄れ、そして「あれ?あれれ?」なんて小首傾げ始めた。
待て待て待て……なんだその嫌な反応は。
「ま、マオさん……?」
「おっかしーな、確かここに入れてたはずなんだけど」
「そうやってしらばっくれて自分の物にするつもりではないだろうな貴様ッ」
「違うんだって、本当本当!さっきまでちゃんと持ってたはずなのに……おっかーしな」
「これはマオお得意の嘘アルね」
「違う違う、本当だって!」
言いながら服脱ぎ出して「ほらほら、見ろってこれ」と服ごと引っくり返してみせるマオ。
本当になくしたのか?今の騒ぎの間に?
「これは……事件の匂いがするな」
「ホアン、この男を縛るのを手伝え。身ぐるみ引っ剥がしてやる」
「ちょ、待った待った!まじで暴力反対!お店で喧嘩しちゃだめってルールだっただろ、なあ曜君!」
うるうると目を潤ませ縋り付いてくるマオの首根っこ掴んで引き剥がした黒羽は躊躇なく自分の影を使ってマオを捕縛した。
「いで、痛い痛い痛い中身出ちゃう!!」
「く、黒羽さん……流石に可哀想じゃ……」
「伊波様、貴方の優しさは美徳でもありますがこの男は現行犯です。このような盗人にまで慈悲を掛ける必要はありません」
「黒羽サンの言う通りアル。この男は手癖の悪いわホラ吹きだわで悪さばかりする猫ある。逆によく出禁にならないか不思議アル」
「ここぞとばかりにオレを虐めやがって……!!」
メソメソと大袈裟になき真似をするマオ。
……可哀想だと思ったが本人はあまり悪びれてる様子はない。
いつものことなのだろうか、妖怪のノリというのはよくわからないが、それでもなんというか……憎めない。
そんなときだった。
「おい、何があった。酒蔵が空になってるじゃないか……って、何じゃこりゃ」
広間の扉が開き、現れたのはバーテン服の草臥れた男だ。
「トゥオ!」
そして、現れたその男の姿を見たマオは先程までの落ち込みようが嘘のように飛び起き、そして目をキラキラと輝かせた。
名前を呼ばれたバーテン、もといトゥオは、捕まってるマオを見て露骨に顔を顰めた。
「マオ……お前また店の酒を買い占めたのか、金もないくせに」
「だってだってだって[D:12316][D:12316]?男には後に引けないときがあるんだよなぁ、っていうか飲んだのそこの黒羽君だし」
「貴様……ッまだ悪あがきするつもりか!」
「あー……なんかもうわかったわ、またこいつの悪い癖が出たってことか」
「「そういうことね(アル)」」
ハモる二人に、やれやれと肩を竦めたトゥオはそのままぐるぐるに捕縛されたマオに歩み寄る。
そして、黒羽の方を見た。
「今回はこいつのせいで悪いな、面倒掛けて。この通りこいつはもうこんなんで千年以上生きてきたんだ、この性根はどうしようもねえ」
「この男の生き様など興味ない。……元より私は最初から約束を守ってもらえるならばそれ以外はどうでもいい」
「約束?」
「……曜君のエンブレムを返すって約束」
「おまっ、人間の物に手を出すって何考えてんだこのバカっ!!」
流石のトゥオも呆れたらしい、頭を抱える。
「……悪いな、坊主。こいつから目を離していた俺の責任だ」
「トゥオの監督不行届アル」
「クソ……ホアンのやつめ日頃の恨みを晴らしてやがるな……。じゃなくて!おいマオ!さっさと坊主に返してやれ!」
「それがなー、実は各々云々」
すごい適当なマオだが伝わったらしい。
トゥオは益々顔を歪める。
「何やってんだお前はよぉ……!!」
「というわけで、取り敢えずオレが責任持ってエンブレム探すから開放してくれるように黒羽君に言ってくれないかニャ」
「あのー?くろ……」
「駄目だ」
「取り付く島もねえなコリャ……」
「その男の目を見ればわかる。大方酔ったフリをして全部を煙に巻いて酒も飲んでエンブレムも持って逃げるつもりだろう」
そう冷たい目のまま吐き捨てる黒羽の言葉に俺は驚いた。
いくらなんでもマオみたいなおっちょこちょいというか詰めが甘そうなやつが……と思ったが、ほんの一瞬、マオの目の色が変わったのを見て背筋が凍る。
「……鼻の利く鴉だな。光り物の捜し物は猫よりも得意なんじゃないか?」
鈴のようなその声に、一瞬、マオが別人のように見えた。
まさか全部演技だったのか、と慄くのも束の間。
まばたきをした次の瞬間にはそこには先程までのお調子者のマオがいた。
「減らず口を……」
「ま、そんな言うんならもういいよ。焼くなり煮るなり好きにしたらいいさ。オレもーなーんも知らね。あとはそっちで好きにしたらいいさ。じゃあねー」
飽きたのか、そう言うなり縛られたまま床の上に寝転がるマオは「ぐう」と寝始める。
「おい!まだ話は終わってないぞ!……クソッ、なんだこの猫野郎は!」
「諦めるアル黒羽サン、こうなったときのマオは何をやっても目を覚まさないアルヨ。狸寝入りってやつアル」
「誰が狸だ!」
「あ、起きた」
「……ぐう」
マオ、どんだけ図太いやつなんだ……。
この状況でぴすぴすと鼻ちょうちん膨らませて眠るマオになんだか俺は怒る気になれなかった。
それよりも、だ。マオがエンブレムを持ってないってことは本当にどっかに行ってしまったのだろうか……。
「とにかく、一旦この部屋を片付けるアル。そしたら出てくるかもしれないアル。……なかったらまたマオを起こせばいいアル」
「ホアン……」
「アタシがこいつをちゃんと見なかった責任もある。それに、腐ってもうちの常連だからね。アタシたちも手伝わせてもらうよ、曜」
「玉香さん……」
「……というか待てよ、酒ないってことは今夜うちのバー開けれねえじゃねえか」
「ヨウ、良かったアルネ。一人人柱が増えたアルヨ」
「トゥオさん……!」
「……まあいいけどよ、どうせやることもねえわけだし。……取り敢えず、マオのやつ移動させて他の連中は帰らせるぞ」
というわけで、マオと黒羽の飲み比べ対決は終わったのだけど……俺は肝心のことを忘れていた。というよりも、あまりにも変わらない黒羽に気付きすらしなかったというべきか。
時計の針が零の文字を刺して重なったその時開店するトゥオのバー。
……もうすぐ、日を跨ぐ。
そのことに俺も黒羽も、すっぽりと失念していた。
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