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10※お漏らし

「っ、や、だ、ゃ、めろッ」 駄目だ、駄目だ駄目だ。これ以上は本気でまずい。 尿道口から漏れそうになるなにかを必死に堪えるが、自分がちゃんと堪えてるかどうかすらわからないくらいテンパっていた。 一度ならまだしも二度目、それもこんな状況で漏らすのとは状況が違う。必死に腰を引いてマオを引き剥がそうとするが、この猫しつこい。 「ふ、ぅ、ううぅ……っ」 「曜、出しちゃえって。ほら、我慢は毒だ。それにお前だってここ、パンパンだぞ?」 「呼び捨て、するな……っ!」 「嫌うなよ、曜、オレはただ曜と仲良くなりたいだけなんだって。ほんとほんと!」 「な、信じてくれよ~。ほら、オレが嘘ついてるように見える?」そう大きな目を爛々と輝かせて覗き込んでくるこの男、いや猫が恨めしくて仕方ない。 言いながらも人の性器をおもちゃかなにかのように捏ねくり回すのだ。それだけで頭の中、思考ごとどろりと熱で溶かされそうになる。 少しでも力を抜いたら漏れる。それがわかっていたから、俺は下腹部に力を入れたまま堪えた。 「っ、ぁ……アンタは嘘つきだって……っ悪いこともいっぱいしてるって言ってた……っ!」 「へぇ……そんな風に聞いたのか。心外だなー」 「っく、ひ」 「……そんで?曜はそれ聞いてどう思った?」 尿道口を潰すように亀頭を柔らかく揉まれ、微かに開いたそこから別のものがじわりと溢れ出すのを感じた。マオが指を動かす都度そこに濡れた音が混ざり始める。 気持ちいいなんて思いたくなかった。ただ、苦しい。辱められ、我慢を要いられる。マオは漏らせというが、それ自体が罠だと俺はわかっていた。 「っ、へ……変な術は掛けるし……閉じ込めるし、エンブレムも返してくれないし……こんなこと、するし……っやっぱりアンタは悪いやつだ……っ!」 拒む。拒否する。こいつを絶対に認めない。 数日前、妙な術を使って人の体を乗っ取る男に出会ってから俺だって学んだのだ。 絶対に目を見ない。そう思って顔を逸らせば、マオは喉を鳴らして笑う。そして。 「そうかそうか、それも結構。なら曜、わかるだろ?オレが悪いやつだってんなら今からお前に何をするのか」 「っ、へ……?」 どういう意味だ、と目を見開いたとき。 マオの腕に思いっきり抱きかかえられる。宙に浮く体にぎょっとするが、膝の裏に突っ込まれた腕に大きく腰を持ち上げられ、身動きが取れない。 「なっ、お、降ろせっ!降ろせってば……っ!」 子供が親に抱かれてトイレをされるかのような格好に死ぬほど恥ずかしくなる。が、こいつ、それを狙ってるのだろう。「やだ」と語尾にハートが付きそうなほど可愛く言ってみせるマオだがやってることは何一つ可愛くない。 それどころか、強引に暴かれた下腹部。驚き諸々で萎えた性器をその体勢のまま扱き始めるマオに血の気が引いた。 「っ、ぁ、うそ、待っ、ぁ、まおっ、まお……っ!」 「だいじょーぶ、すぐに楽にしてやるよ」 何一つ大丈夫じゃないことだけは間違いない。 「ぁ、ん、ぅ、やっ、ぁ、やめっ……!」 逃れようとやつの腕の中でジタバタするが敵わない。それどころか、体を拘束される腕の力は増す。 腹の中、必死に抑え込んで堪えていたものが呆気なく崩壊する。放出する熱が溢れ出す瞬間、マオの指に先っぽを掴まれ瓶の口に押し当てられた。もう逃れることも我慢することもできなかった。 「っ、ぅ、んんぅううッ!!」 勢いよく溢れ出す黄色い液体がマオの手を汚し、溢れながらも便の中に溜まっていく。耳障りな音に、頭の中が透き通るほどの開放感に、ドッドッと脈打つ心臓の音がやけに煩い。 「おおっ、大漁大漁」 「っ、や、やめ、見るなぁ……っ」 「どうしてだ?こんなに可愛い曜の姿を見ないなんて勿体ねーだろ」 言いながら、俺のものが全部出し切ったのを確認したマオは屎尿瓶代わりのそれを俺から離す。数センチ、中に溜まったそれを俺の目の前に翳し、軽く振ってみせたマオは「いい匂いだ」と笑った。 頭がおかしい、この男。いや猫。もうこの際なんだっていい。挟持やプライドも関係ない、木っ端微塵に粉砕された。匂いを嗅がれ、濡れた下腹部を拭くことを許されないまま抱き抱えられ、自分の尿を見せられる。これほどまでの屈辱があるだろうか。 放心しかけたとき。 「マオ!」 聞こえてきた声に、ハッとする。 声のする方へと視線を向ければ、階段を登ってきたホアンがこちらを見ていて。 あれ、なんでだ。ホアンは階段を登っていったんじゃないか、なんて考えたところでその原理はわからないだろう。 「ほ、ぁん」 「あ、やべ。時間切れか」 「何してるアル、その子から手を離せ!」 ホアンに見られてる。それが死ぬほど恥ずかしいはずなのに、頭が働かない。隠したいのに、脱力感に襲われた体は指先一本すらまともに動かせなくて。 俺を抱き抱えたまま、マオは笑う。 「おいおいそれはあんまりだ、オレはただ曜君が一人で撒尿出来ないって言うから手伝ってやったのに」 「こうやって」と、股の間に手を突っ込まれ、萎えたそこを握り込まる。敏感なそこを遠慮なく掴まれ、息を飲んだ。 「っ、や、めろっ、まおっ」 「あれ、曜君……もしかして固くなってる?」 「――ッ!」 「冗談だ」と笑うマオにムカついてその顔をぶん殴ってやろうとするが、ひょいと避けられた。 そして、マオは器用に片手で瓶を蓋し、それをホアンに向かって投げつけるのだ。 「ホアン、これは手土産だ。黒羽さんにごめんねって言っといて。最高の酔い覚ましになるだろ?」 「っ、な」 「それじゃ、オレはこれから先約があるからまたな」 間一髪、落としてくれていいもののそれを受け止めてしまうのは職業柄か。瓶の中身がなんなのか気付いたホアンは青褪める。そのほんの一瞬、ホアンの意識が逸れた瞬間辺りの風景がグニャリと歪む。 「おい、ヨウをどこへ……っ」 「お前が来れないところだよ。大丈夫、食い殺したりはしねえから」 ホアンが風景と混ざる。 歪む。気持ち悪い、吐きそうだ。ぐちゃぐちゃに混ぜた絵の具みたいな世界で、マオと俺だけが原型を留めていた。 これも、マオの幻術だ。 わかっていても、実際に体験するのとでは訳が違う。 ホアン、黒羽さん……。 絶対、怒られるだろうな。 思いながら、俺はマオの腕の中意識を飛ばした。 そして次に目を覚ましたとき、そこには別の世界が広がっていた。 赤い仄かな明かりに照らされた、薄暗い室内。 ……なんだ、ここ。俺、なんでここに……。 ぼんやりとした頭の中、次第に意識はハッキリしてくる。 そうだ、俺、マオのやつに連れ去られたんだ。 咄嗟に起き上がろうとしたとき、右足がなにかに引っ張られる。じゃらっと鉛が重なるような音が響き、嫌なデジャヴ感に冷や汗が滲む。恐る恐る足元に目を向ければ案の定、そこには無骨な足枷が嵌められている。 けれど、首や腕は自由だ。 そして俺は重大なことに気付く。 服が着替えさせられていた。嫌なほどしっくりくるこの服は、間違いない。ここで与えられている俺の制服だ。 いつ、なんで、そもそもここはなんなんだ、と目を拵えて辺りを見渡す。 視界を遮る原因でもある垂れ幕のようなそれは天蓋ベッドのようだ。自分がベッドに寝かされているという震えるような状況下。 一先ず落ち着こうとし、そして恐る恐るカーテンの向こうを確認しようとして、向こう側で人が動く気配がして慌てて手を引っ込めた。 そして、つい咄嗟に寝たふりをしてしまう。 頭がどうにかなりそうなほどの甘いお香の匂い。 俺の馬鹿、寝たふりしてどうすんだ。 そう思いながらもやっぱり起きることができなかった。カーテンが開いたような音がする。 「ふーちゃん、なぁ、お前人間好きだったろ。ほら、お前のために用意してきたんだよ。可愛いだろ?」 聞こえてきたのはマオの声だ。 この野郎、と今すぐにでも飛び起きたかったがもう一人別の気配を感じ、やめた。マオだけでも厄介だというのに二体一で逃げれる気がしなかったからだ。とにかく、今はやり過ごそう。そう決意した矢先だった。 「ほんま……えろう愛らしいなぁ。マオ、どこで拾うてきはったん。こんな愛らしい子」 聞こえてきたのは独特の訛りだ。 え、なんで、なんでこの人がここに。 聞き間違えがない、その囁くような艶のある低音。 伸びてくる手に頬を撫でられ、つい、俺は目を開いた。そして、まず視界に入ったのは眩いほどの金髪と狐のような痩身の男。薄暗くても見間違えるはずがない。 「の、しろさん……?」 「あかん、声までかわいいわぁ」 ふーちゃん、もとい能代は煙管を片手にすっとぼけたよう笑った。

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