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アヴィドの目的はヴァイスを捕まえること。 そしてそれに協力をすることになったのだが、具体的になにをするのかという話になるとやはり身構えた。 「伊波に頼みたいのは人質だ」 「ひ、人質……ですか?」 「ああ、あの男は俺の手前ああは言っていたが君のことが口から手が出るほど欲しがっているはずだ。俺一人ならいざ知らず、君が俺の手の内にいるとなると容易に手出し出来ないはずだ」 「つまり俺は……アヴィドさんと一緒にいればいいってことですか?」 「そういうことだ」と、アヴィドは頷いてみせた。 もっとこう、潜入捜査みたいな危険なことさせられるのかと身構えていただけにアヴィドの言葉を聞いた俺は拍子抜けしそうになる。けれど、安全なことに越したことはない。 それに、アヴィドといれば安全だし悪いことなんて見当たらないのではないか。そう思えるくらいだ。 「それだけでいいんですか?」 「ああ、それだけで十分だ。あとのことは俺の領分だ」 「それに、手段を選ぶ必要はないと言われたがあまり君を危険な目に晒すようだと和光の旦那に叱られるからな」と、アヴィドは笑う。どこか鋭い印象があるアヴィドだが、笑うと途端に柔らかい印象を与えるようだ。 同時に、黒羽までも畏怖する和光を親しげに旦那と呼ぶアヴィドに俺は益々この男が何者なのか、もしかして偉い人と喋ってるんじゃないかと今更ながら恐ろしくなるが本当に今更だ。 というわけで、アヴィドとともに個室を出た。 通路には人っ子一人いない。薄暗い通路。離れたところにはぽつん、ぽつんと扉があるくらいだ。ホールへと戻ろうととある扉の前を通り過ぎたとき、部屋の奥から女の人だろうか甘い声が聞こえてくる。びくっと跳ね上がりそうになる俺の隣、アヴィドは特に気にすることなく辺りを確認していた。 すごい盛り上がってるな……。なんてドキドキを必死に抑えつつ、俺はちらりとアヴィドを見上げる。そんな俺の視線に気付いたのか、たまたまか、アヴィドは「そういえば少年」とこちらを見た。 「リューグも一緒にここに来たのか?」 「あ、は、はい……その、ここに入るために協力してもらって……」 「それで、あいつは何をしてる」 「その、先にこの店に入っていったんですけど暫く出てこなくて……店の人に聞いたときは、VIPルーム……このフロアのどこかにいるはずだって聞いたんですが……」 「ほう、なるほど」 ふいに、立ち止まったアヴィドはそのまま踵を返す。そして、先程通りかかったやけに賑やかな扉の元へと戻り始めた。 「あ、あの、アヴィドさん……っ?」 「少年、こちらに来い」 扉の側、アヴィドに手招かれるまま俺はアヴィドの側に近付いた。そして、アヴィドは俺が背後にいるのを確認したときだ、その扉に触れた。瞬間、何を考えているのかアヴィドは扉を乱暴に開けた。 「え」と凍りつく俺を無視して、アヴィドは堂々と部屋の中へと入っていく。 「ちょ、あ、あの!アヴィドさん、何を……!」 「伊波、そう目を隠す必要はないぞ」 見てみろ、と顎で部屋の奥をしゃくるアヴィドに、俺は薄目を恐る恐る開いた。そして息を飲む。 目の前に広がる光景に息を飲む。 その部屋には俺が想像していたような男女のまぐわる男女もいなければ俺たちがいた部屋とは違う空間が広がっていた。手術台のような質素な寝台に、そのベッドを中心に床には赤黒い模様が書き込まれていた。それがなんなのか俺はもう知っている。魔法陣というやつだ。 「あ、アヴィドさん、これは……」 「ここは店の人間に許可を貰った……限られた者だけが入れる部屋らしいな。恐らく、それは罠だろう」 「え、え……あの、なんで……」 「そうガッカリするんじゃない、少年」 「が、ガッカリなんて……」 「あの男らしい小細工だな。この部屋自体仕組まれたものだということだ」 混乱する俺にアヴィドは宥めるように説明してくれる。つまり、ヴァイスは欲しい人物に予め用意した手中の人間を押し付ける。そして、この部屋まで誘導しては捕らえていたということか。 「自分たち以外の存在を感じさせることでそれを隠そうとしていた。……そして、まんまとハマったやつらは」 「……っじゃ、じゃあ……リューグとホアンは……」 「そのことなんだが、近くにリューグの気配がしないんだ。それでおかしいと思ったのだが……」 「……も、もうやられ……」 「やられると思うか?」 不敵に笑うアヴィドに、俺は首を横に振る。あの獄長相手にでも引かなかったリューグがやすやすと死ぬわけがない。……ハニートラップには引っかかりやすそうだが。 そんな俺の反応にアヴィドは更に笑みを深めるのだ。 「俺たちが通された部屋のように機能してる部屋もある。あいつらもまた別の部屋に通されたのだろう。……どういう意図では知らんが確認して見る他ない」 「部屋全部調べるんですか?」 「ああ」  正気か、と驚いたときだ。アヴィドはパチンと指を鳴らした。瞬間、俺とアヴィドの間、何もなかったそこからキラキラと光る水色の煙が立つ。 「わっ」と飛び退いたとき、薄れゆく煙の奥から影が現れる。そして。 「はーい!クリュエルちゃんでーす!!」 どすっ!と勢いよく何かが飛びかかってきたと思ってたときには遅かった。出てくるなり頬をすりすりすりと押し付けてくるその人物に俺はド肝を抜かれそうなほど驚いた。というか、重い! 「わっ、お、なに……っ!!」 「あーん!曜君さっきぶりー!これは再会のちゅーだよ!」 「っ、ん、ぅごッ!」 現れるなりちゅっちゅっと勢いよく頬に吸い付いてくる美少女に驚いたが、水色のツインテールと聞き覚えのある声にすぐに理性を取り戻す。そうだ、こいつは美少女じゃない。それどころかそこらの男よりもご立派なブツを持った正真正銘のオスだ。 床へと押し倒されそうになる俺を見兼ねたのか、アヴィドは「やめんか」とクリュエルを猫のように首根っこを掴んで引き剥がしてくれる。 「あーん!アヴィド様離して離して離してー!僕は曜君ともっとまぐわりたいのに!!」 「お前な……なんのために呼び出したと思ってるんだ」 「あっ!そーだよ!アヴィド様僕にヴァイスの世話押し付けるなんて卑怯だ卑怯だ!しかも自分は曜君と組んず解れつしてんだもんずるーい!」 アヴィドに捕まったままジタバタと暴れるロリータ服の美少女♂もといインキュバスのクリュエルの登場に呆気取られていた俺ははっとする。そうだ、確かクリュエルはアヴィドに俺の代わりとしてヴァイスに生贄にさられていたはずだ。 「ど、どうしてクリュエルがここに……?」 「えー?なんでだと思う?それはねえ、僕と君の愛の力だよ!曜君!」 「こいつの言うことは真に受ける必要はないぞ。もともとこいつには俺の魔力を分け与えてる。分身程度造作もない」 「造作もないって、僕は疲れるんですけど!ていうか今ももう一人の僕頑張ってキモいおじさんの接客してるんですけど!ご褒美貰わないとやってらんなーい!」 「ぶ……分身……」 人間ではないとわかってても、やはり目の当たりにすると変な感じだ。目の前でニコニコと笑うクリュエルは確かに本物だ。すごい、と感動していると、目の前でクリュエルが更に増えた! 「ほら見て曜君、クリュエルちゃんがいっぱいだよ!」 「お、おわっ!ふ、増えた……!」 「これなら曜の前も後ろも上も下も気持ちよーく出来るよ?どう?ワクワクしない?」 左右にぴっとりとくっついてくるダブルクリュエルに両耳を同時に舐められぎょっとしたのも束の間、すぐに両隣から「ぐえ!」っと悲痛な声が聞こえた。どうやらアヴィドの鉄拳が入ったようだ。ダブルクリュエルは頭に大きなたんこぶを作ってメソメソしている。可哀想だが助かった……。 「う……うぅ……アヴィド様の鬼畜……」 「アヴィド様のインポ……」 「ほう?もう一発喰らいたいようだな」 「う、嘘でーす!嘘です!僕何も言ってませーん!」 ぴゃっと俺に隠れるクリュエルはいつの間にかに一人に戻ってるようだ。アヴィドとクリュエル、見れば見るほど色男ではあるが見た目以上に誠実なアヴィドと乱れきってるクリュエルは正反対だ。主従とは聞いていたが、なにがどうなって従えることになったのか聞きたいような聞くのが怖いような気がしてならない。ぷるぷると震えるクリュエルに、アヴィドはやれやれと肩を竦める。 「……騒がしくて済まないな、少年。けどこいつはこうだが役立つやつだ」 「う……アヴィド様ぁ……」 「クリュエル、ここのどこかにリューグたちがいるはずだ。それと、伊波のお友達だ。彼らは何かしらの魔術で拘束されてるか軟禁されてるはずだ。探せ」 「え?!僕一人で?!」 「お前一人でも十分だろ」 「う……うぅ……アヴィド様の鬼……なんで僕がリューグの尻拭いまでしなきゃなんないのさー!」 そう言いながらも立ち上がったクリュエル。瞬間、身につけていたドレスが影のように蠢き、そして瞬く間に形を変えた。先程までのロリータ服とは違い、長い髪を馬のしっぽのように一つにまとめ、店の制服を身に着けてるクリュエルは「仕方ないなぁ」とネクタイを締め直す。 「ちゃんとあの馬鹿坊っちゃん見つけたらご褒美くださいよね、アヴィド様」 普段フリフリのミニドレスを身に着けてるクリュエルだからだろうか、体の線がはっきりと出るすらりとしたその制服を身に纏ったクリュエルの体つきは華奢ではあるが男だ。かわいい女の子から美しい少年に変わる瞬間はまさに魔法だった。

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