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リューグもホアンも無事というわけで一件は一旦収束する形となった。
形式上はヴァイスが客集めのため、刑天閣の風評被害を流すことで客脚を遠退かせて商売敵を陥れようとしていたということになったが本人がいない現状、その真偽は定かではない。
「ま、どうせ潰れちまうならこっちのものアル。それに実際とんでもねー店だったネ、何言っても構わんアルヨ」
「そういうものなのか……?」
「商売というのはそういうものアルネ、ヨウ。覚えとくヨロシ」
そうだそうだと言うように、隣に腰を掛けたテミッドもこくこくと横で頷いていた。
行われた実態実験や被験者たちの本格的な調査に入るという魔界直属の政府機関の魔物たちに追い出された俺達は件の宿のロビーでアヴィドが戻ってくるのを駄弁って待っていた。
「しかしあながち間違いでもないだろうな。あの姑息な男ならやりかねない」
「しっかし、政府のお役人まで出てくるんだもんな。……俺、死神見たの初めてかも」
一面ガラス張りの壁の向こう、件の店の前でなにか話してるアヴィドとその向かい側にいるのは見覚えのある男だ。人と呼ぶにはあまりにも歪な痩せ細った長身の骸骨のような背広姿の男、確か名前は……。
「罪人の管理、その大元はダムドの管理下に当たるからな」
……そうだ、ダムド。
あのとき地下監獄の最深部への扉を開き、獄長を人形に変えた得体の知れない死神だ。
政府機関というのはケイサツのようなものなのだろうか。俺にはよくわからないが、出入りする機関野者たちは皆ダムドの指示で動いているようだった。
それにしてもアヴィドもアヴィドだ、魔王に命令を受けたり独自で調査してたり黒羽も敬う死神と対等に話してるようにも見える。
……只者ではないとは聞いていたが、やはり異質なように見える。
遠巻きに眺めていると、どうやら話が済んだようだ。ダムドと別れたアヴィドは俺たちの視線に気付いたようだ、そのままこちらの宿まで向かってくる。そして、
「やあ、済まない待たせたな」
「随分と忙しそうだったがもういいのか?」
「ああ、要件は全て連中に伝えている。あとは勝手に捜査してくれる」
「店は解体、ヴァイスは逃亡。残ったのは何も知らない従業員とやつの傀儡だったあのデクの棒。それと、あいつが欲しがる実験材料が二体。やつには逃げられたが結果としては十分だろう?」なんて、薄く笑みを浮かべるアヴィドの肩に一匹の紫色の体毛の蝙蝠がふらふらと止まる。
「んなこと言っちゃって、本当は悔しくて悔しくて仕方ないくせになー」
人語を話す蝙蝠には心当たりがあった。リューグだ。リューグが現れた瞬間テミッドが一瞬牙を剥いたのを俺は見てしまった、見なかったことにする。にたにたと牙を剥き出しにして笑う蝙蝠の挑発にも慣れてるのか、アヴィドは表情は変えることなく「そうだな」と頷いた。
「だが次必ず捕まえればいい話だ、そのための布石も用意してある」
「それよりもお前、人のことを言う前に少年からの頼みも聞かずに遊び呆けていたらしいがそれに関しては何もないのか」ひょい、とリューグの首根っこを掴んだアヴィドはそう義弟を覗き込んだ。アヴィドに捕まったリューグは「はいはい、ごめんなさいよっと」と悪びれもなく片翼を持ち上げてみせるのだ。こいつ、と文句の一つや二つ言ってやろうとするよりも先に黒羽が切れる方が早かった。
「そもそも貴様には謝意も疎か誠意というものがない、それで謝罪したつもりか?地面に額を埋めてから言え」
「元はと言えば誰かさんがあんな胡散臭い元人間野郎に捕まっちゃったせいなんだけどなぁ?」
「……」
「く、黒羽さん!」
無言でクナイを構える黒羽の腕にしがみつき、慌てて止めに入る。見兼ねたアヴィドは「お前もやめろ」と、虚空から現れた黒い鳥籠にリューグを放り込んだ。
「すまんな黒羽、この愚弟には後で俺が言い聞かせておく」
「ちょ、おい! こんな扱いあるかよ!」
「口の聞き方がなっていない愚弟には教育が必要だからな」
鳥籠の中、ぴーぴーと鳴きながら籠の柵を掴むリューグ。そしてアヴィドが指を鳴らした瞬間鳥籠ごとリューグの姿は消えるのだ。
「りゅ、リューグ……?!」
「それでは向かおうか。お前たちの部屋は既に手配済みだ。今クリュエルに部屋の片付けをさせている、それも終わる頃だろう」
「あ、ありがとうございます……」
リューグの消えた先への言及はなしなのか、と呆れるが触れない方がいい気がしてきた。……そうか、これからアヴィドの監視下にいることになるのか。魔界寮は未知の領域だ。わくわくする反面、妖怪たちとは違い友好的ではない種族も多いという魔界の住民たちが住まうモンスターハウスだ。正直怖くないわけがない。
「こちらの寮にいる期間はヴァイスが捕獲できる迄ということになっているが構わないか?」
「和光様の命であればそれで構わん。……こちらこそ世話を掛ける」
「それについてはお互い様だ」
「テミッド」と、いきなりアヴィドに呼ばれたテミッドは「は、はい」とこわごわ返事をする。
「ヴァイスのこともだが、お前は伊波君とも親しいようだし彼らの世話係を頼んでもいいだろうか」
「え、ぼ……ぼく、ですか……?」
「妖界寮との勝手も違うだろうし戸惑うことも多いだろう、そういうときに助けてやってくれ」
「っは、はい……! ぼ、僕、伊波様と黒羽様……お助けします……っ!」
「……よろしくお願いします、伊波様、黒羽様」そうたどたどしく、それでも嬉しそうに微笑むテミッドに俺は「よろしくな」と握手をした。
どうなることかと不安半分だったが、テミッドが一緒ならまだなんとかなるだろう。
こうして一件落着……ではないが、一先ずの平穏を取り戻したと思い込んでいた俺だったが全くの気のせいだったこと後に知ることになるのだった。
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