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02
「SSS館はこの学園唯一最上の施設、最高の料理、高品質のサービスを受けられる場所となっている。姿は見えないがいつでも呼べば駆け付けるサービス係がいるから何か不便があると呼べばいい」
「呼ぶって……」
「『喉が渇いた』」
そうニグレドが口にしたときだ、なにもない場所からいきなり紅茶の注がれたティーカップが現れた。注ぎたてなのだろう、芳しいその香りを確認し、ニグレドはそのままそれに口をつけるのだ。
「……まあこういうことだ。姿は表さないがこの屋敷には至るところに姿のないハウスメイドが存在する。なに、彼女――或いは彼らに意思はない。やましいことがない限り利用すればいい」
妖精、ということなのだろうか。不思議だ。
俺もニグレドの真似をして「喉が渇いた」と呟けば今度はグラスに入った炭酸ジュースが現れる。
「お、おお……! すごい!」
「おい、これに毒が仕込まれる可能性はないのか」
「何者かが細工をすれば可能だろうがここは魔界の上級魔術師たちが作り上げたSSS館だぞ、出来るとすればその者たちに匹敵するレベルの魔力を持ってなければ不可能だ。……政府直属の魔道士なら可能だろうがな」
つまり、普通の魔物には不可能というわけだ。
言われてグラスに口をつければパチパチと口の中でコーラが弾ける。すごい、俺が欲しかったものまで当てるなんて本当に魔法みたいだ。
「伊波様、美味しいですか……?」
「テミッドも飲んでみるか?」
「え、ぼ、ぼくも……いいんですか……?」
「ああ、俺の飲みかけでいいなら」
ほら、とグラスを手渡せば、テミッドは恐る恐る唇をつける。そしてちびちびと舐めたあと、びっくりしたように目を開いた。
「伊波様、これ、電気が流れてる……?」
「いやこれはこういう飲み物なんだ、……炭酸苦手か?」
ふるふると首を横に振り、テミッドはもう一度ええいと口を付けた。さっきよりも量飲んだテミッドはびっくりした顔のまま俺を見るのだ。
「パチパチ、楽しい……です、伊波様」
「そうか、よかった。コーラっていうんだ。俺も好きなんだ」
「コーラだとっ?!」
そう、テミッドに笑いかけたときだった。
突然声を荒げるニグレドに何事かとぎょっとする。
「コーラ……まさかカラメルとパクチー、ライムと炭酸水で組み合わせるというあの伝説の飲み物のことか……っ?」
「え、な、何言ってんだお前……っ!」
「お、俺にも一口くれないか……っ! 何度試しても上手くいかなかったんだ、実際に口にしたことのないものだとハウスメイドたちに伝達出来ずにいつも紅茶しか出してくれないんだ……!」
なんでそんなに必死なんだ。しかも一人称変わってるし。ガクガクと掴みかかってくるニグレドに内心狼狽えつつ「わかった、わかったから」とテミッドから返してもらったグラスをニグレドに手渡す。それをもぎ取るように受け取ったニグレドはごくごくごくと一気に飲み干しやがった。
「あー! お前全部……っ」
「……っぷは、これが……ジャパニーズコーラ!!」
「いやジャパニーズじゃないと思うけど……」
「想像を遥かに凌駕する舌を溶かし痺れさせるような強炭酸……! そして喉へ流れ込む清涼感と内臓を虐めるかのような甘ったるい砂糖の味……! 素晴らしい!」
「……………………伊波様、何か危険なものでも渡したのですか」
「い、いや……普通のジュースなはずだけど……」
自分の世界に完全に入ってしまったニグレドにあの黒羽までドン引きしている。テミッドに至っては俺の後ろに隠れてしまっていた。
そして俺たちの視線に気付いたらしい、ハッとしたニグレドは慌てて眼鏡を掛け直し、空になったグラスをハウスメイドに片付けさせた。
「……失礼、少々取り乱してしまった」
「少々……?」
「つまりこういうことだ、活用していくといい」
強引に話を切り上げたぞ、この男。
「次は部屋まで案内しよう」とそそくさと歩き出すニグレド。俺たちはその後についていく。
そしてニグレドに連れてきたのは二階の奥。
その突き当りの扉の前、足を止めたやつはこちらを振り返った。
「ここがお前たちの部屋になる。ほしいものがあれば各自持ち込むといい、魔界にあるものならばなんでも用意させることができる」
「なんでも……?!」
流石魔界と言うべきか、スケールの違いに思わず慄く俺を見てニグレドはふん、と胸を張る。そして眼鏡を指でくいっと持ち上げ、自信たっぷりに笑うのだ。
「……これくらいで驚いて貰ったら困る。SSSクラスとなればなんでもできる、他の下等クラスとは違うんだからな」
相変わらず偉そうだが、そんな言葉の端々からニグレドが喜んでるのが分かる。
なんか最初冷たいやつだと思っていたが、この男もしかしてやっぱ悪いやつではなさそうだ。
「SSSクラスの者は自由な時間を大切にしてる。無駄な馴れ合いをする必要もつもりもない。……あくまでお前らは仮のSSSクラスだ、くれぐれも在学生の――俺の邪魔をするなよ」
と、思ったのも束の間。きっと俺を睨んでくるニグレド。俺かよ。何も言ってないのに。ちょっとむっとしつつ、俺は「わかったよ」とだけ答える。
目の前の扉が俺で、その向かい側がテミッド、で左隣が黒羽の部屋か。
扉と扉は離れているが何かあれば数秒で駆け付けることのできる距離だ。
と、そこでふと気になった。
「そう言えばニグレドの部屋はどこなんだ?」
「俺の部屋? ……べ、別にお前らに言う必要はないだろう」
「いやでもアヴィドさんはああ言ってたし……もしなんかあったとき知ってた方がいいかなって」
ニグレドはアヴィドの名前にぐぬぬと押し黙る。敢えてアヴィドの名前を出してみたのだが、やはり効果があったようだ。やがて諦めたようにニグレドは溜息を吐いた。
「……この通路を真っ直ぐ行って突き当りの部屋だ。いいか、くれぐれも俺の部屋に近付くなよ」
「え、なんで……」
「アヴィドさんに特別扱いされてるかもしれないが、俺は親善大使だろうがお前を特別扱いするつもりはない」
少しは心を開けてくれたのかと思った矢先これだ。木っ端微塵なまでにこちらの好意を切り捨ててくるニグレドはとどめと言わんばかりにずびしとこちらに指差した。
そして。
「――それに、ガキは嫌いなんだ」
「が、ガキ……!」
ガキ呼ばわりにショックを受けてると背後の黒羽から不穏なものを感じ咄嗟に黒羽の手を掴んだ。
駄目だからな!と訴えかけるように黒羽を見上げればこちらを見下ろした黒羽の表情とはさっきとはまた別で険しくなるのだ。
そんな俺達に構わずニグレドは説明を続ける。
「……それと基本は夜間の出入りは自由だが深夜帯での出入りは勧めない。お前のような人間ならば特にだ。このヘルヘイム寮は安全だが一歩外へ出れば治安はよくない」
「そう、なのか……」
「……アヴィドさんがいればまだましだったがここ最近忙しいようで留守の間に好き勝手してる連中が目立つ。おまけに地下監獄も封鎖中だ、そんな馬鹿共の餌になりたくなければ開校するまでここでじっとしておくことだな」
確かに元はといえばヴァイスから身を守るためにここへと連れてこられたのだ。下手に彷徨いては格好の餌食だろう。恐ろしい想像をしてしまい、ぶるりと背筋が震える。
「飯も飲み物もある、この寮にいれば籠城も不可能ではない。実際部屋から一歩も出ないやつもいる。が、この寮ならばそれが可能なのだ。――そのためにアヴィドさんがここにわざわざお前らを連れてきたことを忘れるなよ」
「お、おう……」
「最低限必要な案内は以上だ、何かあれば――ハウスメイドを呼べ」
「わかった、ありがとうニグレド」
そうここまで案内してくれたニグレドにお礼を言えば、やつは不満げな顔のままふんと鼻を鳴らし、そのまま踵を返して通路の奥へと消えていく。
そしてその背中が見えなくなってようやく俺はほっとした。
ニグレドが立ち去り、黒羽の殺気もなくなったのを確認して俺は手を離す。黒羽は難しそうな顔のまま何やら考えてるようだ。
「黒羽さん、どうしたの?」
「いや……あのニグレドとかいうダークエルフ、言い方は気に入らないが……そうか、籠城という手もあるのと」
籠城……っていうか、ニグレドダークエルフだったのか?ファンタジー漫画でしか見たことなかったが、ぱっと見気付かなかったな。言われてみれば耳は尖っていたが……エルフって女の人のイメージ強かったけど。
「……うーん、ニグレド……悪い人ではなさそうだよな」
「……ニグレド様は成績優秀で、すごい人です……」
「へえ、そうなのか?」
「でも、ちょっと怖くてぼ、僕……苦手です……」
「あー……確かに気難しそうだもんな」
ずっと大人しいと思えば、どうやらニグレドの前で萎縮してしまっていたようだ。しゅん、と項垂れるテミッドの頭を撫でてやればテミッドは心地よさそうに俺の手に擦り寄ってきた。もっと、と強請るような仕草につい兄本能がくすぐられ、そのサラサラの髪が乱れないようにそっと指で撫でれば満足したらしい。えへへ、と頬を綻ばせるテミッドの横、黒羽は「ごほん!」とわざとらしく大きな咳をするのだ。
「……とにかく先に伊波様の自室予定の部屋を確認をしよう。何か不備があるやもしれん」
黒羽は相変わらず心配性だ。
……とはいえ妖怪寮でのこともある。
念には念をというやつだ。黒羽の言葉に頷き、俺達は一度用意された俺の部屋へと足を踏み入れることにした。
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