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07

 どれほどハンドたちに捕まっていたのだろうか。  意識が途切れ、視界が点滅する。死ぬ、と直感した矢先だった。 「っ、おい、大丈夫か!!」  聞き覚えのある偉そうな声に意識を取り戻しかけたときだった。全身を這いずり回っていたハンドが瞬時に動きを止めた。  何が起きたのか分からなかった。  次の瞬間、岩のように砕け散ったハンドにより拘束を失った俺の体は落ちそうになり、抱き止められた。 「っ、伊波様!」 「っ、てみ……ど……」  ようやく開放されたところをテミッドに受け止められたようだ。まともに空気を吸った。叫びすぎたあまりガラガラになった喉に痛みが走った。 「……どういうことだ、これは。ハウスメイドが勝手な真似をするなど聞いたこともない」  テミッドがソファーへと下ろしてくれたときだった。ぶつくさ言いながらも砕け散ったハンドの欠片を手にしたニグレド。  そうだ、テミッドに呼んできてもらったのだった。  ということは、今のは……。 「っ、ニグレド……ありがとう、助かった」  とっつきにくいやつだと思っていたが、こうして助けてくれたことは素直に嬉しかった。そう素直に告げれば、眼鏡のレンズ越し、ニグレドの鋭い視線がこちらを向いた。 「……俺は言ったはずだ、余計な真似はするなと」 「……う゛、それは……」 「言いたいことは山ほどあるが、それより先にそのみっともない格好をどうにかしろ」  そうニグレドに指摘され、自分の姿に気付いた。  中途半端に脱がされた衣類を慌てて着直そうとしたとき、ばさりと視界がなにかに覆い被される。 「っわ……これ」 「…………………羽織っておけ」  そう、こちらへと背中を向けるニグレド。  放られたそれはニグレドの着ていた上着だ。  ……やっぱりなんだかんだいいやつじゃないか。そう思ったが、口に出したらまた怒られそうだ。俺はいそいそと上着に袖を通した。  気まずい、というかどういう顔をすればいいのだろうか。  不本意とはいえ、二人に見られたくない姿を見られたことを引き摺りつつもニグレドから拝借した上着に袖を通す。  とはいえ、人間界とはやはり常識や価値観も違うのだろう。テミッドもニグレドも気にしてる様子はなく……。 「おい、さっきのあれはどういうことだ」 「さっきのって……そんなのこっちが聞きたいくらいだ、ご飯食べようとしたらソースがこぼれて……それで、最初は服の汚れを拭おうとしてくれたんだけど……」 「それであんなエロ同じ……あんなことになるわけなないだろ! お前また具現化魔法利用してなにか余計なことを頼んだんじゃないだろうな」 「はあ……?!」  流石の俺も遺憾である。まるで俺がその、なんだ、ハウスメイドたちにやましいお願いをしてしまったみたいな言い方するなんて。  あまりのニグレドの言い分に思わず俺もむっとしたが、おどおどとテミッドは俺の前に立ってニグレドを止める。 「に、ニグレド様、元はと言えば僕が……お肉食べようとしたのが悪かったんです、その、ごめんなさい……」 「テミッド、そんなこと……」  テミッドは悪くないよ、と言いかけたときだった。しゅんとしたテミッドの腹部からはキュルルルと凄まじい音が響く。 「……一先ず、この部屋の清掃をさせてから食事を用意させる。……また妙な魔物を呼び起こされたら厄介だからな、俺がいいと言うまでそこでおとなしくしていろ」  いいな?と念を押してくるニグレドに「分かったよ」と俺は頷いた。  ニグレドの棘のある言い方はやっぱりむっとしてしまうが、なんだかんだ助けてくれるしこうして面倒見てくれるということは根っからの悪いやつではないのだろう。

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