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「クリュエル、ぐるじ……っ」
「さあ、邪魔者もいなくなったことだし……曜君、あのこと忘れてないよね?」
「え?」
「え? じゃないよ、もー! まさか本当に忘れちゃったの?」
そうやんわりとクリュエルのハグから抜け出そうとするも、プリプリしながら顔を寄せてくるクリュエルにまたぎゅーっと絞められる。
「って、ぐ、ぐるじ……っ」
「夢の中で僕とした約束、もしかして本当に忘れちゃった?」
言いながらさわさわとどさくさに紛れて服を脱がそうとしてくるクリュエル。
油断も隙もないとはまさにこのことだ。
「待った、タンマクリュエル!」と慌てて止めようとするが、こいつなかなか力強いぞ。流石淫魔。
「あのクソ雑魚ド陰キャ助ける代わりに君が僕に付き合ってくれるって約束、ずーっと僕覚えてるんだよ? ねえ、曜君」
「う、ぁ……っ」
「あ、心臓ドクドク言ってる! ちゃんと約束、思い出してくれた?」
ふうっと耳に息を吹きかけられ、飛び上がりそうになる。
忘れるわけがない、なんならそのこともあったからこそクリュエルと二人きりになることを躊躇っていた節すらもあった。
「ねーえ、曜くーん。ちゃんと答えてよ」
「それとも、無理矢理お口割られる方が好きなの?」そう口角を上げ、歯を剥き出しにしてクリュエルは笑う。襟首から胸元までボタンを外され、そのままするりと伸びる指はシャツ越しに肌に触れてくるのだ。
「クリュエル、まずいって」と声を潜め、不躾なその手をそっと握るが、止まらない。
俺よりも華奢そうなのに、その力は強い。そのまま両胸の突起を柔らかく摘まれば「んっ」と思わず声が漏れてしまう。
「あは、可愛い声~! もしかして、アヴィド様たちが戻ってきたときのこと気にしてる?」
「あ、当たり前だろ……っ、こんなところ、黒羽さんに見られたら……ッぁ、」
「大丈夫大丈夫、アヴィド様には了承貰ってるから」
さらりととんでもないことを言い出すクリュエルに「は」と思わず声が上擦った。
青ざめる俺に、クリュエルは舌なめずりをする。
「夢の中でのこと、全部アヴィド様も見てるって言ってたじゃん? なに? もしかして曜君、そのことまで忘れちゃったの?」
「本当にうっかりさんなんだからっ」と抱きつくように更に密着してくるクリュエル。重さはないが、ふわふわの総レースのスカート越しに腰の辺りに押し付けられる嫌な感触の正体を考えたくなかった。
それよりも、今はクリュエルの言葉だ。
「ま、まさか、見てるって……」
アンブラに見せられた悪夢も、クリュエルに中をかき回された一部始終も全部アヴィドには筒抜けだったと言うのか。
「もちろんっ」と弾むような声で答えるクリュエルに俺は言葉を失った。そして、マグマのように熱く滾った熱が顔面に集まる。
「どうしたの、曜君」と不思議そうに胸を揉んでくるクリュエルに反応することもできなかった。
「で、でも……アヴィドさんはなにも言わなかったし……」
「だってそりゃあ、僕淫魔だもん。ご飯は食べなきゃ」
「そ、そういう問題なのか……っ?! だ、だって俺は……」
「それに、僕はそこら辺の見境ない淫魔ちゃんと違ってちゃんとアヴィド様の眷属のインキュバスなんだよ? ちゃんと気持ちよくさせるよっ!」
「そういう問題じゃ、」
ないだろ!と思わずツッコミかけたとき、問答無用で「ん~」と唇を寄せてきたクリュエルにキスをされる。それも、濃厚なやつを。
キスの上手下手など俺にとっては知ったこっちゃないと思っていた。けれど、今なら分かる。
本物のインキュバスのキスほど恐ろしいものはないのだと。
「ん、っ、ぅ……っ!」
長い舌は別の生き物のようだった。根本から絡みついた舌先はまるで舌を性器に見立てて愛撫するのだ。1ミリの快感すらも逃さないかのように丹念を吸い上げられ、濡らされ、唾液を全体に絡めるように、塗り込むように舌を執拗に摩擦される。
唾液に変な薬でも入ってるのではないだろうか。そう思うほど、クリュエルに触れられた粘膜は甘く熱を持ち出す。
少し舌を絡め取られただけだった。そのはずなのに、あっと言う間に意識は放り投げだされたように宙に浮いていた。
「ふ、ぅ……」
抵抗する、ということも忘れ、気付けばクリュエルの腕に刺さてられていた。
舌伝い、唾液をたっぷりと飲まされ、そのまま糸を引きながら唇を離したクリュエルは俺の顎の下をそって撫でるように押し上げ、口を閉じさせる。
「っ、ん……」
「僕の唾液はお薬なんだよ、ほら、ちゃんとごっくんして?」
よしよし、と耳元で囁かれる声がより甘く響く。
さっきまではそんな気分じゃなかったはずなのに。
こんなことしてる場合ではないはずなのに。
――頭の中からすっぽりと大事なものが抜け落ち、その代わりに『気持ちよくなりたい』という歪なピースを嵌め込まれたようだった。
言われるがまま、口の中、舌の上に溜まっていたクリュエルの唾液の塊をこくりと喉の奥へと流し込む。まるでシロップみたいに甘く、とろとろとした液体に更に目の奥が熱くなった。
唇を開けば喉の奥からはあっと息が漏れ、俺はクリュエルに褒めてもらいたくて犬みたいに舌を突き出す。
「の、のんら……」
「良い子良い子、曜君はとっても従順で可愛い人間だね」
唇をなぞられ、垂れていた唾液を舐め取られる。先程よりもよりクリュエルの指の腹と皮膚が擦れる感触が増しているのがわかった。
びくりと仰け反る背中。そこに回されたクリュエルの手はそのまま優しく背筋から腰、そのまま臀部の膨らみまで撫でていくのだ。大丈夫だよ、と子供でもあやすかのように優しく。そっと。
逃げたいはずなのに、真正面にある大きな目で覗き込まれると逃れることができない。
「ぅ、クリュエル……」
「僕はアヴィド様に逆らうことはできないから、君に酷いこともしないよ。――僕がするのは、君も僕も幸せになれることだけ」
薄暗い娯楽室内。赤く光るクリュエルの目から顔を、視線すらも逸らすことはできなかった。
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