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 というわけで、押しに押された俺は神楽麻都佳の部屋まで来ていた。  上層階は役職もちの生徒専用のフロアになっているようだ。その一角に神楽の部屋はあった。  甘ったるい匂いが鼻につく。猥雑に飾られた雑貨がゴチャゴチャとした印象を与える。けれど、纏まっている。変な部屋だと思った。 「どーぞ、上がって上がって!」  玄関口で靴を脱ぐなり、やけに上機嫌な神楽は俺の背中をぐいぐいと押してくる。  神楽の趣味なのだろう。フレグランスに香水ボトル、それからアロマに使う道具が一式揃えられてる。俺はあまり香水だとかの匂いが好きではない。慣れない匂いに頭が痛くなる。頭が靄がかったように霞み、目眩を覚えた。 「なんか散らかってるけど適当に座ってよー。あ、なんか飲む?」 「神楽に任せる」 「了解、すぐ持ってくね~」  俺と岩片の部屋と広さは変わらないが、一人で使うのと二人で使うのとは大分差がある。そう考えると、広いな。と思う。俺は神楽に言われるがまま、ソファーに腰を掛けた。柔らかいクッションは体が埋まる。座り心地は最高だ。このまま眠れそうだな……と思いながらつい目を瞑ったときだった、何気無く置いた手に何か硬いものが触れた。  なんだ? と思いながらそれを手に取った俺は、目を疑った。  男性器を模したゴム状のそのフォルムに、バイブという単語が頭を過る。以前岩片が使っていたのを見たが、実物を触ったのは初めてだった。  なんでこんなところに転がってんだよ。  呆れ果てる。大量のイボがついたその不気味なフォルムを親指で撫でれば、弾力があってなかなか結構触り心地がいい。というか、ここにこれがあるということは……。 「なーに? もしかして元くん興味あるの?」  と、そこまで考えたときだった。  ジュースのボトルを二本手にした神楽がそこに立っていた。  薄暗い照明の下、表情はよくわからない。けれど、絡みつくようなその声は、気持ち悪い。 「……これ、神楽の?」 「うん、そーだよ。あ、でも俺のケツに使ったわけじゃないからないからね。安心して」  にへらと笑う神楽。何一つ笑えない。  ということは、ここで誰かを抱いたわけだ。これを使って。それを考えるだけで、急に居心地が悪くなる。それを知ったら余計、この部屋に情事の匂いが濃厚に感じてしまい、具合が悪くなる。 「……こんな場所に彼女連れ込むってすげーな」 「彼女っていうか、まあ、セフレだけど」 「…………」 「女の子をこんな獣の巣窟みたいな場所に連れ込めるわけないじゃん、可哀想でしょー」  男の子のセフレ、ね。  やっぱりか、と思う。隣に腰を下ろす神楽に、ギクリとする。なるべく、動揺は悟られたくなかった。隙を見せれば、喉仏を噛みつかれてしまいそうな空気を感じたからだ。 「へえ、やっぱ男子校だとそういうのあるんだ。……お前は普通に女の子が好きそうな感じがしたけど」  空気を変えなければ。話題転換。話題があまり逸れてない気もするが、黙ってること自体が危険だと感じた俺は強引に話を振った。 「まーねえ」と神楽はボトルを開け、片方のボトルを俺に手渡した。指先が触れ、堪える。 「元君の言うとおり。俺は女の子の方が好きだよぉ、だって可愛いし抱き心地も柔らかくて気持ちいいし……けど、ここにいると不思議と慣れちゃうんだよねえ。可愛い子は男でも可愛いしね」 「……なるほどな」 「でもさぁ、俺の偏見なんだけど、元君の前の学校のがそういうのって多かったんじゃないのぉ? 一貫校でしょ?」 「まあ、確かにそうだな。……周りではそういう連中は多かったよ」  その最たる例が俺の飼い主でもある岩片凪沙だ。  見た目は冴えない、それどころか陰キャを代表したような男だが、中身はケダモノだ。男を屈服させることに興奮を覚える。中性的な男から、それこそ筋肉だるまのような男まで学園内の要人全員抱いたんじゃないかと思えるほどの好色家。  潔癖で、見目のいいもの、美しいものばかりを愛でてきたお坊っちゃんたちにとって岩片は嫌悪の対象だ。それでも、岩片にかかれば一晩で岩片から離れられなくなるような雌に変えるのだ。俺はそんな連中を何人も見てきた。その変貌っぷりに恐怖を覚えたのも確かだ。  岩片と初めて出会ったのは、やつが転校してきたばかりの頃だった。とある事件をきっかけに、あいつと知り合う。それからだ。俺が、岩片に飼われたのは。  俺と岩片が一緒にいるようになって、周りは俺がとっくに岩片と体を繋げただとか岩片のものになっただとか好き勝手言っていたが、全部噂でしかない。  俺と岩片に体の関係はない。ましては、キスすらない。岩片はセクハラじみた言動や「犯すぞ」などとは軽口で叩くものの、実際にそれをしたことは一度もなかった。  だから、ある意味岩片のお陰かもしれない。俺があの学園で無事貞操を守ることができたのは。人のものだと勝手に周りが勘違いしてくれたお陰で、実際に迫られることはなくなったのだ。  そして、岩片のやつはまたこの学園に来て同じことをしようとしている。  一から王国を作り上げようとしてる。「飼いならされた犬よりも、躾がなってない猿を調教するのも面白そうじゃん」と、あのもじゃもじゃは抜かしていた。そうだ、そのためにここを選んだのだ。本当にどうかしている、あの男は。 「ふうん、でもわかる気する。元君かっこいいし、女の子にもモテるでしょー?」 「まあ、男子校に入る前は何度か付き合ったりはしたけど、よくわかんねえ」 「へえ、じゃあ童貞じゃないんだ」  そう、口にした神楽の目の色が僅かに変わったような気がした。ぞくりと背筋が震える。  童貞、ではない。中学の頃できた同級生の彼女に迫られて、AVの見様見真似でやったことはある。 「……まあ、そうだな」 「……そっかぁ、でもまぁ、そうだよねえ、ほっとかないよねえ」  口調は変わらないのに、なんだろうか。部屋の空気が一度下がったみたいな、厭な寒気。 「それじゃあ、こっちは?」  え、と答えるよりも先に、背後、伸ばされた手は股ぐら、その奥にある臀部に指がするりと入り込んでくる。驚いてボトルを落としそうになった。「神楽」と名前を呼ぶ。腕を掴み、引き剥がそうとするが、肛門付近を撫でられ、ぞわぞわと体が震えた。

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