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 神楽が男子生徒に連れていかれてから暫くも経たないうちに、扉を閉めた副会長はそのまま躊躇いもなく部屋に上がってくる。慌てて俺は布団に潜る。  さっさとどっか行け。念じつつ息を抑える。  近付いてくる足音。  やばい、気付かれたか。……いや普通気付かれるな、こんなに布団が膨れてたら。どうか、なにもなかったようにそのまま立ち去ってください。  思いながら体を縮み込ませたとき、すぐ傍まで近付いた足音が止まる。  近くから感じる副会長の気配に、脈が加速する。あ、やばい。そう思ったのと、頭まで被っていた布団を剥ぎ取られたのはほぼ同時だった。 「おはようございます」  目の前には、華のような笑顔。いざ至近距離でこの笑顔を向けられたらわかるが、この男……妙な圧がある。平常心を装いつつ、俺は「……どーも」とだけ返した。 「初対面の男の部屋に上がり込んだ末、ベッドに入るというのだからどんなふしだらな方かと思えば、意外ですね。貴方のような方がホイホイ会計についていくのは」 「そうだな、俺も驚いてるよ」  実際否定できないところもある。自嘲気味に返せば、副会長は愉しげに喉を鳴らす。紅い唇が怪しく歪んだ。 「しかし、なかなか悪くありませんね。……名乗るのが遅れました、私は能義有人と申します。どうぞよろしくお願いします、尾張さん」  差し出される右手。こいつ、なんで俺の名前知ってるんだと驚いたが、ターゲットにしてるとなれば名前くらいは調べてるはずだ。この状況下で仲良くしようなんて気にもなれないが、避けてまた先程のゴツい生徒たち呼び出されても困る。俺は、少しだけ迷って「よろしく」とその手を取った。ひんやりとした手の感触に驚いた。  生徒会の副会長ということは、こいつも神楽がいっていた妙なゲームに関係してるということか?  先程のやり取りからして黒だろうが、やはり、俺はこの男が副会長……二番手だということがにわか信じれなかった。 「私の顔に何かついてますか? ……そんなに熱心に見詰められると、誤解されてしまいますよ」  そう能義は俺の手を離す。そんなに見ていたのだろうか。無意識だったが、やはり魅入ってしまうのかもしれない。面食いというわけではないが、この男からは不思議と目が逸らせないのだ。 「いや、あんた、副会長ってことは……生徒会なんだろ。意外だな、と思って」 「ああ、そのことですか……会計から何か聞きましたか? うちの生徒会役員が他の学校とは少々異なる選出方法ということも」 「詳しく聞いたわけじゃないけど、そうなのか?」 「おや、ヤブヘビでしたか。まあ、転校生の方に話すような内容でもありません。お気になさらず」  そんな風に言われると余計気になるが、能義は話す気はないらしい。 「それよりも」と、能義は俺に目を向けた。 「こんなところにいては危険です。今ならこの部屋の主もいない。今の内に部屋へと戻ったらどうですか」 「……え?」 「……おや、なんですかその呆けた顔は。貴方があの男の毒牙に掛かる前に助けに来たつもりだったのですが、余計なお世話でしたか?」 「い、いや……そうだな、ちょっと驚いた」 「驚く?」と怪訝そうな顔をする能義。だってそうだ、さっきの印象があるからだろうか。まさか助けるためにわざわざ来てくれたとは思わなかった。……いや、でもよく考えればこいつらがゲームしてるとすれば、それ目的ということか?  疑心暗鬼になってしまうのは忍びないが、疑わずにはいられない状況下だ。仕方ない。が、確かに能義が神楽を連れ出してくれたお陰で俺は帰ることができるということか。本音を言えばあと一歩遅かったが、まあいい。 「いや、なんでもない。……じゃあ、俺戻るわ。ありがとな、能義」そうベッドから降り、能義の好意に甘えてそのまま神楽の部屋から出ようとして……「待ってください」と引き止められた。 「せっかくですし部屋まで送りますよ」 「え、別に……」 「部屋の場所わかるんですか?」 「…………」  分からない。辛うじて部屋の番号はわかったが、何も考えずに出てきた俺は道順も何も覚えていなかった。まあ、最悪フロアマップを確認すれば時間は掛かるがなんとかなるだろう。 「……送りますよ。一人でウロウロするよりもずっと効率的でしょう?」  能義の提案は有り難いものだった。……そこに下心がなければだが。けれど、意固地になるのも変な話だ。俺は素直に能義の好意に甘えることにした。 「んじゃ、頼むわ。能義」 「ええ、悪いようにはしませんよ」  能義有人は笑う。  こうして並ぶと中性的だと思っていたが骨格はがっしりしていることがわかる。華奢ではあるが角ばっており、骨っぽさがある。正面から見ると整って端正な顔立ちだが、横顔は男のそれだ。そして意外なことに俺よりも背が高いのだ。至近距離で微笑まれると、なんか落ち着かない気持ちになる。俺はなるべく半径一メートル以内に近付かないようにした。  神楽の部屋を出た俺は、副会長・能義の好意に甘えて自室まで戻ることにした。  途中、いかにも柄悪そうな生徒たちと擦れ違う。じろじろと目を向けられたが、隣に並ぶ能義を見るなり全員顔色を変えて通路を開け、頭を下げるのだ。明らかに能義よりも体格の良さそうな連中も例外ではない。「お疲れ様です副会長!」とピアスだらけの男や刺青剥き出しの男も野太い声あげるのだ。能義はそれに応えるわけでもなく、ただインテリアかなにかの一部かのように素通りしていく。やつは俺の方しか見ていない。  異様な空間だった。けれど、神楽の言っていたこともあながち間違いでないということがわかった。

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