5 / 109

05

 予想だにしていなかった回答に思考がこんがらがる。  会長というのは、言わずもがな、この学園の生徒を統率する生徒会長のことだろう。そして、たちという複数形が気になった。  ツッコミが追いつかないとはこのことか。頭が痛くなってきた。 「本当はバラしちゃダメって言われたんだけどね。あ、そうだ。俺が元君に言ったって言っちゃダメだからねえ。俺が皆に怒られちゃうからさ~」 「……っていうか、落とすとかなんとかって……」  どういう意味だ、と固まったとき、伸びてきた神楽の指にくいっと顎を持ち上げられる。 「こういうことだよ」唇が触れるか触れないかくらいの至近距離、神楽の睫毛が当たりそうになって、その肩を押し退けようとした矢先のことだった。  部屋の扉がドンドンと叩かれ、心臓が口から飛び出すかと思った。 「うわ、タイミング最悪ぅ」  一回、二回、三回。扉をぶち壊す勢いで叩いてくる訪問者に、面倒臭そうに舌打ちをした神楽はのそりとソファーから立ち上がる。 「……誰か来たのか?」 「……多分、かいちょーたちかも。やだなぁ、絶対なんか言われそー」  会長たちってことは、人で妙なゲームをやってる連中か。嫌に緊張する。おまけに、生徒会にいるのは不良を纏めるような連中たちだ。……今、会いたくはなかった。 「元君、ベッドにでも隠れてて」 「……あぁ」 「ふふ、言うこと聞いてくれるんだ~。……まあ、まだ会わないほうがいいだろうしねえ、それに、俺も今の君を誰にも会わせたくないし」  どういう意味だろうか。それだけ言って、神楽は玄関口へと歩いていく。とうとう聞き返すことはできなかったが、今は神楽に従うことにする。  布団を被り、丸くなる。神楽の匂いがする。……すげーいい匂いだけど、なんかいやだ。  それにしてもなんなんだ、生徒会というのは。そんなに暇なのか、悪趣味なゲームについても神楽に詳しく聞かなければならない。それにあいつは転校生をターゲットにしているといった。ということはだ。  岩片の顔が過る。言わずもがなあいつもターゲットの一人ということか。……岩片を落とせるやつがいるならそれはそれで見てみたいが、相手は何をしてくるかわからない不良連中だ。  俺が注意するまでもなく既に巻き込まれてるという事態はかなり痛いが、とにかく、早めに知らせてどうにか対策を練らなければ。  息を潜める。玄関口からは扉が開く音と神楽の声が聞こえてくる。何か言い争ってるようだ。布団に丸まっていてはよく聞き取れない。  俺はそっと耳のところだけ布団を開けた。 「もー、ガンガンガンガン煩いっての! 人の部屋の扉蹴んなっていつもいってんじゃん」 「おや、会計。いたんですか」  神楽の声に続いて聞こえてきたのは、鈴のような柔らかい声だった。神楽の甘い声とは違う、耳障りのよく透き通った声。けれど芯が通っており、どこか凛とした印象を与えられる。 「ふくかいちょーさぁ、扉壊す気なのぉ? ノックいっつも怖いんだってば」 「貴方がさっさと出てこないからこうして私が何度もノックする羽目になってるんでしょう。……いつも言ってるではありませんか、予め私が来る時は事前に鍵を開けて三つ指ついて待つようにと」 「ま、また無茶苦茶言ってるし~……。俺、今忙しーんだけど? なんの用?」  こっそり布団を持ち上げ、玄関の様子をみる。  玄関口には神楽の背中ともう一人、訪問者らしき男が立っていた。  艷やかな黒髪を流した、痩身で、色白の男。あの声の持ち主がこいつだと納得できた。まあ、男にしては綺麗な男だった。麗人という単語がしっくりくる。この男がガンガン扉殴ってる姿は想像できない。  副会長、ということはこいつが生徒会の副会長ということか。到底不良には見えない。どちらかと言えば両家のお坊っちゃんといった方が納得できるくらいだ。  神楽の言い分を聞き、副会長は憂うように顎に手を当てる。 「なるほど……本来ならば教室で授業を受けている時間にも関わらず自室に男を連れ込んでいるあなたが忙しい、と。いいご身分ですね。おまけに私の顔も見たくない、邪魔をするなクソ野郎、と」 「い、いやそこまで言ってないから……」 「まあ構いませんよ、会計。私も別に貴方に会いに来たわけではないので」  そう、ニコリと微笑んだ副会長さんはパチンと指を鳴らす。瞬間、どこから湧いたのか、制服姿の筋骨隆々な生徒たちが現れた。そして、神楽の両サイドから捕まえて持ち上げる。 「は? ちょっ、何、ふくかいちょー待ってなにこいつら……って痛い痛い痛い! 引っ張らないでよぉ!」 「貴方にはやらなければならない仕事が山ほどあるでしょう。……君たち、会計を生徒会室まで送ってあげなさい」  御意、と口を揃える副会長の部下らしき男たちは言われるがまま神楽を引きずって行く。 「やだやだやだ、学校行きたくないー!」  強制連行。なんとも物騒な絵面だが、俺は出ていくに出ていけなかった。そして、地団駄を踏む神楽に、副会長は「会計」と優しく呼びかける。そして。 「廊下ではお静かに、ですよ」  長い睫毛に縁取られた目を細め、妖艶に微笑む副会長。唇に人差し指を当て、神楽を黙らせる。  虫も殺さないような顔をして、なんとも嵐のような男だと思った。  扉を開いてから神楽退場まで数分。素晴らしい手際のよさだ。

ともだちにシェアしよう!