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数時間後。
早速飽きた岩片が持ってきていたゲームを始めることにより、後半俺だけの単独作業になったが、なんとか段ボールの山を片付け終わることができた。
「あ、やっと終わった? んじゃ飯行こーぜ飯、腹減ってまじ死にそうだわ」
こいつ、終わった途端元気になりやがって。
なんで俺が岩片の服を畳んで棚に仕舞わなきゃなんないのか。色々言いたいことはあるが、確かに腹が減ってきた。
壁にかかった時計に目を向け現在時刻を確認する。もう夜に差し掛かってる。カーテンの外、日は落ち、空は既に暗くなっていた。
「そうだな、確か食堂は一階だったか」
「ああ、この時間帯なら開いてるだろ。……混んでないといいんだがな」
前の学園では生徒会メンバーをも誑かしていたことにより、本来ならば生徒会しか使えないVIPルームを我が物顔で使っていた岩片だったが、ここではわけが違う。多分、混んでんだろうな。殆どの生徒が夜から動き出すというのは聞いていただけに、岩片が耐えられるか、そこが心配だった。まあ、こいつなら玩具候補がたくさんいて大興奮なんてこともありそうだが。
俺達は早速食堂へと向かうことにした。
この学園では、授業終了時刻になると食堂が開放され、日替わりの食事が支給される。勿論それで足りない人間は売店やらなんならで買うわけだが、前の学校では好きな時間に入り好きなものを食べたいだけ食べていたので酷く不便だ。
けどまあ、仕方ない。郷には従えというやつだ。多少少なくてもあとで買い足すか、と思うのだが……問題はこいつだ。
「えー、俺肉食いてーんだけど。ねーおばちゃん、他になんかねーの?」
――学生寮、食堂にて。
私服姿の生徒が大半だ。それもガラの悪い連中たちに混ざって、配給のおばちゃんに絡む黒いモジャモジャ一名。
さっさと受け取ってさっさと立ち去ればいいものの、岩片の後ろには食事を貰いにきている生徒たちの渋滞が出来ている。「おいさっさとしろ!」だとか「こっちは腹減ってんだよ!」とか、野次が飛んでこようがお構いなし。
また少し目を離した隙に勝手なことしやがってあの馬鹿がと怒鳴りそうになるのを必死に堪え、空いたテーブルの上に配膳を乗せたトレイを置く。そして俺は受け取り口で駄々捏ねる岩片の元へ向かった。
ただでさえ目立つというのに、またあいつは。
どうせ岩片は周りの目が自分に向けられているとは思ってないだろう。いや、もしかしたらわかっててやっているのかもしれない。俺を困らせるために。そうとしか思えない。
「ごめんねえ、メニューの内容は決まってるのよ」
「えーまじ? 俺一日一回はステーキ食わねえと駄目な体なんだわ、特別に作ってくんね? 金なら後で渡すからさ」
またこいつは勝手なことを。慌てて岩片をその場から回収しようとした矢先だった。
俺よりも先に、岩片に近付く影が一つ。遠目から見てもわかるほどの長身に、広い背中。大抵の生徒が私服な中、皺一つないブレザーを羽織ったその男は酷く浮いていた。
「……おい」
地を這うような、低い声。その声に、ブーイングが巻き起こっていた食堂内が、一瞬にして水を売ったかのようにに静まり返った。
「邪魔だ。貰ったんならさっさと失せろ」
取り付く島もない、とはこのことだろう。吐き捨てられた声は鋭利で冷たい。
短い黒髪に、切れ長な目。政岡の強面とはまた違った端整な顔立ちの男前だが、表情が堅いせいかより冷たい印象を受けた。
只者ではない、というのが肌で感じ取れる。
岩片は、声を掛けてきたその男前を見るなり、口元に厭な笑みを浮かべる。どうやら好みだったらしい。汗が滲んだ。
「なんだよ。お前も肉食いてーの? 仕方ねーな、俺が食わせてや……ふがっ」
またベラベラと余計なことを言い出す岩片に、俺は慌ててその口を塞いだ。
「いやー悪い、皆腹減ってんのにこいつのせいで。……ほら、岩片ご飯もらったんなら行くぞ」
そう、下手に因縁つけられる前にその場を離れようとしたのだが、「待てよ」と引き止められる。なんだよさっさと消えろっつったじゃん、消えさせてくれよ。
「なんすか?」と振り返ったとき、目の前にはあの男が立っていて、その圧迫感に押しつぶされそうになる。
「お前、名前は」
「え? 俺?」
「お前だ」
睨まれる。なんで俺なんだ、岩片が問題起こしたんだろ、と思ったが、この空気は耐えられない。俺は「尾張元」とだけ答えた。
「……お前が」
「なあ、もういいか。後ろ詰まってるみてーだけど」
「そうだな。外出ろよ、お前」
『だってよ岩片』と隣の岩片に目配せすれば、『お前がだろ』と岩片は口を動かした。ちらりと視線を男前に向ける。やつはこちらを睨んでいた。何故だ、まじで俺かよ。なんでだ。普通岩片だろ、岩片連れていけよ。
「悪いけど、俺には定食が待ってるから……」
「知るか、来い」
そう、腕を掴まれる。骨張った大きな掌は握力も半端ない。強い力で引っ張られそうになり、岩片に助けを求めようとしたが、気付けばあいつがいた場所はもぬけの殻になっていた。あの野郎、面倒そうだからって逃げやがったあの薄情男。
そして、食堂の外へと引きずり出されそうになったときだった。
「あーっ、彩乃ちゃんだあ! 相変わらず怖い顔だよねえ」
静まり返る食堂内に、緊張感の欠片もない声が響き渡る。
食堂正面入り口。数人の生徒を引き連れたモデルのような甘い顔した男、神楽麻都佳はそうこちらへと笑いかける。彩乃って誰だ。思いながら辺りを見渡したとき、神楽の視線が男前を見ていることに気付いた。そして、それは男前も同様だ。……まさか、彩乃ちゃんってこいつか。
あまりにも似合わないその可愛らしい名前に驚愕する。男前に睨まれ慌てて咳払いをした。
そこで、神楽は俺に気付いたらしい。
「ってあれれえ、なんで元くんもいるのぉ?」
不思議そうに小首を傾げる神楽だが、すぐに何かに気づいたようだ。
「まっまさか……彩乃ちゃん抜け駆け……?」
何故抜け駆けという思考になるのかわからなかった。俺たちの組み合わせがそんなに珍しいのか、わなわなと顔を青くする神楽そして、その疑問はすぐに解決された。
まさか、こいつも生徒会のやつか。
面倒臭そうに舌打ちをする彩乃に、冷や汗が滲む。だとしたら、神楽の反応の理由もわかった。
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