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 ――教卓の前。 「今日からこのクラスの一員になる岩片と尾張だ。お前ら、仲良くしろよ」  俺の側に立つ宮藤は、そう教室全体に声をかける。そして「ほら」と視線を向けてくる宮藤。どうやら自己紹介をしろと言っているようだ。あまり気は進まなかったが、俺は渋々頷き返す。 「尾張元って言います。どーぞよろしく」  俺的最高の笑みを浮かべながら言えば、前列のやけに中性的な童顔の男子生徒が顔を赤くするのがわかった。別に男に頬染められるのも珍しいことではないのでいちいち気にしない。 「同じく××学園から転校してきた岩片凪沙。よろしくな!」  そして、隣の岩片は相変わらずのテンションのまま続ける。先程とはまた違ったざわめきが教室に起きた。 「ヲタク?」「コスプレ?」「濃っ」そう各々好き勝手口にするクラスメート。まあ無理もない。俺だってこいつを初めて見たときはビビったし。  岩片がそんな人の反応を見て楽しんでいるとわかっている今、なんとも言えないわけだけど。 「じゃあ、二人は奥の空いてる席に座れ。側のやつは教科書を見せてやるように」  そう宮藤に促され、俺は教室の奥に目を向ける。  そこには確かに二つ空いた席が並んでいた。岩片に目配せをした俺は、先に席へと向かう。  途中「元くーん」と茶化すように声をかけられ、笑いながら軽く手を振り返したり色々ありながらも席がある場所へと辿りつく。  左隣には岩片、右隣にはお洒落眼鏡をかけた生徒が座っていた。 「よろしくな」なにやら携帯電話を弄っていたその眼鏡の男子生徒に声をかければその男子生徒は少し目を丸くし、咄嗟に「ああ、よろしく」と人懐っこそうな笑みを浮かべる。よかった、まともそうだ。  昨日知り合ったメンツがメンツだっただけに、比較的一般的なその男子生徒に内心安心する。  隣の席のやつと軽く会話を交わし、HRが再開される。  岩片と言えばちゃんと大人しく宮藤の言葉を……聞いてなかった。普通に隣のやつにちょっかいかけてた。  どうやら隣の席の生徒は携帯ゲーム機を持参していたらしく岩片は「なあなあなにやってんのお前、ゲーム? ちょっと貸せよ。俺転校生だからそーいうの憧れてたんだよな」と笑顔でカツアゲをしている。転校生も糞もないだろ。岩片の隣のやつがあまりにもいたたまれなかったので、俺は止める代わりに岩片の机を軽く爪先で蹴る。ちらりとこちらを一瞥した岩片は、「なあなあ!」と再び隣のやつに絡み始めた。無視だと、こいつ。 「尾張、だっけ。名前」  不意に、俺の隣の席のお洒落眼鏡がそう尋ねてくる。一瞬なんのことやらと思ったが、どうやら名前を聞かれているようだ。 「ああ、そうだけど」 「もしかしてさ、尾張って王道く……」 「王道く?」 「やべ、間違えた、今の無しな! ……その、岩片君と仲良かったりすんの?」 「仲良いっつーか、まあ腐れ縁みたいな」 「腐れ縁、へえ~腐れ縁ね、なるほど。腐れ縁かあ、いいよな、腐れ縁~! まじで甘酸っぱいよな!」  甘酸っぱい? 甘酸っぱいってなんだ。  俺の言葉を聞いてやけにテンションが高くなるお洒落眼鏡。岩片とはまた違うハイテンションぶりに内心戸惑いつつ、「そこまでねーよ」と小さく笑う。 「いや、あるって。腐れ縁ほど強い絆はないから。もしかして幼馴染みだったりすんの? 家が近所で昔から家族ぐるみの付き合いとかさ、あんじゃんよく」 「き……絆? んや、たまたま知り合って余裕で一年も経ってねーってくらいの赤の他人。そんな大袈裟なものじゃないから」  饒舌なお洒落眼鏡に気圧されながら、負けじと俺は厄介な勘違いをされないよう先に釘を刺すことにした。  すると、俺の言葉にお洒落眼鏡のテンションがやや下がる。すごく分かりやすい。 「つか、なに? 尋問?」 「あ、そうだまだ名前言ってなかったっけ。俺、五条祭って言うんだけど、新聞部と写真部掛け持ちしてんの。んで、今のはちょっとしたインタビュー?」  そう笑うお喋りな眼鏡もとい五条祭は、「後で写真撮らせてよ」と付け足す。なるほど、通りで先程からやたらしつこいと思ったら。  せめて最初から名乗ってくれたら少しは気の利いた返答をするのに、と思ったがこれが五条なりの遣り方なのかもしれない。まあ別に不味いことは言ってないのでどっちでもいいのだけれど。 「写真くらいなら別に構わねーけど、金貰うからな」 「いくら?」 「一枚三万」 「流石元お坊ちゃん学園生徒……! 俺の財布に厳しい……!」 「冗談に決まってんだろ。俺写り悪いからしっかりしてくれよ」 「大丈夫大丈夫、写真部のゴーストと呼ばれた俺に任せろよ」  ゴーストって幽霊部員って意味じゃないのか大丈夫なのかそれは。  満面の笑みで返してくる五条。ジョークなのかただの馬鹿なのかわからなくなってくる。 「んじゃ、後で好きなだけ撮れよ。フィルムの無駄になってもしらねーから」 「いやいや、尾張写ってるだけでいいんだって。がっぽり稼げるし」 「え?」 「え?」 「いや、今がっぽり……なに?」 「あ、HR終わった。次移動教室だっけ? 場所わかるか?」 「いやいやがっぽりなに?」 「わかんねーなら一緒行こうぜ。なんなら教科書貸すし、昨日ジュース溢したから少し匂うけど」  溢すなよ。じゃなくて、なんで無視するんだこいつ。  あからさまに自分の失言をなかったことにしようとする五条は、椅子から立ち上がりながらそうしらを切る。どうやらHRが終わったのは本当のようだ。五条とくっちゃべっていた間に教卓前の宮藤の姿はなくなり、何人かが机の周りを囲んできた。 「元くんってさー彼女いんの?」 「教室一緒行こうよ」 「後で校舎案内するし」 「知り合いに可愛い子とかいないの? 紹介してよ紹介」  などなど、俺と五条の間に割り込むよう話しかけてくるクラスメート数人。  最後のやつに至ってはこっちが紹介してもらいたいぐらいだ。 「お前らこっちが話してるときに割り込んでくんじゃねーよ。今お取り込み中!」  そう五条はきゃんきゃん吠える。  先程まで話逸らそうとしてたくせになんて思いつつ、こういった転校生イベントは寧ろ嬉しいので俺はなにも言わない。 「んだよお前イケメンに食い付きすぎなんだよ」 「自分のクラス戻れよ」 「このハイエナ野郎」  そうぷりぷりと怒り出すクラスメイトたちの言葉に、俺は「えっ」と目を丸くした。今自分のクラスっつったよな。 「くそっネタばらし早えーんだよ、空気読めよモブ共が」  驚いた俺はそのまま五条に目を向ける。そうイラついたように舌打ちをする五条は、ぼりぼりと頭を掻く。 「っつーことで、三年E組五条祭。新聞部部長やってます! よろしくね、爽やか君」  初めて教室で仲良くなった好青年は、全く関係ない一個上の先輩でした。

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