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というわけで、夜。問題はここからだった。
五条の部屋で監視すると決めた俺はベッドの前で右往左往していた。
シャワーは浴びた。途中カメラを手にした五条が乱入してくるというハプニングはあったものの、まあ、風呂くらいならということで今まで生きてきた中で一番の早さで体を洗い風呂を飛び出してきたので一応無事だ。いちいち無事か否かを確認しなければならない生活なんて俺は嫌だが、まあ、仕方ない。
が、やはり、一難去っても二難三難あるわけで。
「……」
どうしよう。眠たいけど、寝てもいいのだろうか。五条はあの怪しげな部屋で眠ると言っていたが、流石に言われるがまま呑気に寝るのはちょっと気が引ける。というかなんのためにここにいるのかがわからない。
五条は今、まだ風呂に入っているはずだ。どれくらいで上がるかは分からないが、今、俺は自由ということになる。ごくりと小さく固唾を飲み、俺は五条の大切なものがあるらしい部屋の扉を見た。
相変わらず過剰すぎるくらいなアナログ式セキリュティシステムは一種の物々しさを感じさせる。
なんとかして部屋を覗くことは出来ないだろうか。五条の手前、敢えて触れないようにはしていたが五条の弱みだとわかればやはり掴まない他無い。けれど……。
ドアノブを掴み、何度か上下して動かして見るが鍵が掛かっているようでビクともしない。
おまけに、この南京錠だ。絡みつく鎖が邪魔で正直思うようにドアノブすら動かない。
こうなったら、五条がこの部屋に入る時、この鎖を外したときが狙い目だな。
いや、ちょっと待てよ。もし五条がこの施錠を解いて部屋に入る間は外からのアナログ式セキリュティシステムを施すことが出来ないのではないのか。だとしたら無防備過ぎるのではないか。
計算ミス、ということはないとは思うけど、この過剰施錠には他に理由があるのだろうか。そう勘ぐってしまわずにはいられない。
うーん、わけがわからん。もういい。寝よ。
そう扉から離れたとき、シャワールームの方から扉が開く音が聞こえた。
――タイムリミットだ。
何事もなかったかのようにベッドの上に戻った俺は、平常を装うため肌身離さず持ち歩いていた携帯を取り出した。そしてそのままやり過ごそうとしたとき、ふと、数件の着信とメッセージを受信していることに気付いた。その中に岩片の名前を見付け、俺はメッセージを開く。
『今すぐ戻って来い』
たった一文。
あまりにも素っ気無い文面だが、そんなことよりも俺はその内容に眉を寄せた。
俺に任せとくだとか、散々放任主義決め込んでいたくせになんだよいきなり。まず、それが先に頭に来る。その反面、岩片からの命令に放られているわけではないのだと胸が熱くなるのも事実で。
岩片からの命令は絶対だけど、今現在俺の主導権を握っているのは五条だ。
『五条はどうするんだ』と簡潔に返信しようとしたとき、扉が開き五条が戻ってきた。咄嗟に、俺は携帯を仕舞う。別に内容を見られるわけでもないのだから隠す必要はなかったのだが、なぜだろうか。内心、俺は思っている以上に戸惑っていたのかもしれない。
「尾張って風呂はいんの早いのな~、あんまいい出汁取れてなかったぞ」
味噌汁でも作る気かよ、とずれた突っ込みをしつつ、俺は結局送信せず仕舞いのメールのことを思った。
まあいい、後から返信しよう。その怠慢のせいで、痛い目に遭うとも知らず。
他人の部屋で迎える目覚めというのは中々新鮮だ。ベッドの上、寝返りを打った俺は薄く目を開いた。
「ん……眩し…………く……ない?」
通常なら朝日が射し込んでるはずの時間帯なのに薄暗いままの部屋にハッとし、飛び起きる。部屋の窓に目を向ければ、なんと真っ赤に染まった空が映し出されているではないか――どうみても夕方だ。
「やっべー……遅刻……」
しかももう授業終わってんじゃねえのってレベルの空の染まり具合に血の気が引いていく。
五条の見張りになって丸一日サボりなんて、岩片に何言われるかわからない。あいつのことだ、どうせ下世話なことを考えてるに違いない。
「おーい五条! なんで起こしてくれなかったんだよ!」
そう、部屋の持ち主を大声で呼ぶが返事は返ってこない。それどころか人の気配すら感じない部屋の中、まさかと青褪めた俺は慌てて部屋の中を探し回った。しかしあの変態眼鏡はいない。
その代わり、テーブルの上に五条からの置き手紙を見付けた。
『用事が出来たから出掛けてくる』
「あ、あの野郎……!」
紙を握る手に力が籠もり、ぐしゃりと音を立て置き手紙が潰れる。
見張っておけとか言っていたくせに。せめて起こすなりしてくれたらいいのにどういうつもりなんだ、あいつは。
頭にきたが、自分を落ち着かせる。置き手紙にはまだ続きがあるようだった。
もしかしたら連絡先が書かれてるのかもしれない。そう思って慌てて握り潰れた置き手紙を広げた。
『P.S.お前の寝顔高く売れたわ。ありがとう。』
「あ、あの野郎……!!!」
ぐしゃぁと握り潰した置き手紙を壁に投げ付ける。本人がいたら口の中に捻じ込みたいところだ。つーか売れたわって事後報告じゃねえかふざけんな。
連続でやってくるダメージに挫けそうになるが、昨日、なんでもいいと言ったのは俺か。でも寝顔売られるってなんだよ。そして誰だよ買ったやつは。
手紙には出掛けてくると書かれているが、このままどっかに行かれた場合手の出しようがないので現時点で逃げられたも同然だ。もし本当にこのまま逃げられたとしたら岩片に何言われるかわからない。
そこまで考えて、俺は岩片からのメッセージを思い出した。あの妙な警告メッセージ。
結局返信せずじまいになってしまったし、取り敢えず弁解ついでに返信しておくか。そう、枕元に置いたままになってる携帯を手に取る。
――電源が切れてた。
「……」
仕方ない、一旦部屋に戻るか。
それにしてもやはり、寝過ぎた。他人の部屋でこんなにも爆睡してる自分に呆れて仕方がない。
平和ボケというわけではないだろうが、最近岩片のせいであまり寝付きがよくなかったせいもあるのだろうか。やっぱり。
そんなことを考えながら玄関の鍵を外し、扉を開いたときだ。
扉の向こう側にでかい人影が。
「おいゴルァ五条! よくもてめえ神楽に余計なこと吹き込みやがったなぁッ!!!」
凄まじい巻き舌とともに勢い良く扉を蹴り開かれ、「んっ?」と顔を上げればそこには赤茶髪の男がいた 。
どうやら誰かと勘違いしているらしい政岡零児も俺が五条ではないと気付いたようだ。
「あぁっ! お、お前は……っ!!」
青褪めた政岡は飛び退く勢いで扉から離れる。
寝起きのところを怒鳴られ若干テンション下がる俺とは対照的に、硬直したかと思えば今度はじわじわ赤くなる政岡。
するとその背後、ぴょこりと華奢な影が二つ現れた。
「あれー? なんで尾張元がいるわけー?」
「おっかしーなー、ここって確か変態眼鏡の部屋だよねー?」
会長補佐である口悪双子(名前忘れた)は揃った動作で小首を傾げる。相変わらずの口の悪さだ。変態眼鏡には概ね同意だが。
「あいつならどっか出掛けてるみたいだけど、何か用か?」
「何の用もないならここにいるわけないでしょ」
「君、脳味噌まで筋肉なわけ? 察しなよ」
つくづく可愛くねえ双子だな。
「悪かったな、脳味噌筋肉で。あいつの居場所なら俺も知らねーから他当たってくれ」
しかし、こんな低レベルな煽りくらいなら岩片のセクハラに比べたら全然笑顔で躱せるレベルだ。
あまりこいつらとは関わらない方がいいだろう。
可愛い顔して凶器振り回す双子を知っている俺は適当に笑いながら扉を閉めようとする。
が、しかし、扉の隙間に捩じ込まれた指に無理矢理扉を開かされた。
――政岡だ。
「おっ、あ……」
「あ?」
「なんでお前が五条の部屋にいるんだよ……!!」
え、すげー今更。
「なんでって、別になんもねーけど」
「会長会長、二人は用事がなくてもお互いの部屋を行き来する空気のような関係なんだって!」
「うっわー、不純ー!」
「おい、人聞きの悪い言い方すんなよ」
不純って、男同士がただ部屋を行き来するだけで不純という反応するほうが不純だろう。その相手が不純の塊であることは否定できないが。
「会長、あの変態豚眼鏡に負けちゃったねー」
「やっぱ世の中顔だけじゃどうにもなんないんだねー」
「そしたら顔だけしか取り柄がない会長がただのゴミクズになっちゃうね!」
「うぐっ!」
グサグサグサと見えない言葉の矢が政岡に突き刺さる。
政岡はあまり気を許してはいけない相手だとわかっているが、それでもこう居た堪れないというか基本双子の罵倒はこっちにまでダメージ食らうので聞き流せない。
「おい、そこら辺でやめろって」
「「あいてっ!」」
(メンタルが)弱いものいじめを見てられなくなり、双子の頭を軽く叩いて無理矢理止めれば、二人同時にこちらを睨んできた。
「何するんだよ!ちょっとデカイからっていい気に乗りやがって!足の裏から削って身長1メートルにしてやろうか!」
こええし物騒すぎるわ。想像して変な汗出てきた。冗談に聞こえねえ。
「聞いてるこっちまで追い込まれるからやめろって。第一、用ってなんだよ?」
このままでは一向に話は脱線するばかりだ。仕方ないので俺の方から切り出してみれば、双子の片割れが「そうだよ」と声を上げた。
「なんだよもクソもないよね、だってお宅の豚眼鏡が……もごっ!」
そう、何かを言おうとした双子の口を塞いだのは慌てた政岡零児だった。
「な、なななんでもねえよ! つーかお前には関係ねえし!」
「ま、そうだな。んじゃ、俺も出掛けるから」
俺に用がないならこれ以上留まる必要はないわけだ。
下手に絡まれる前にその場を立ち去ろうと踵を返したときだった。
「ちょっ、待てって!」
いきなり、腕を掴まれる。
政岡の行動に驚き、反射でその手を振り払いそうになったが、相変わらずその力は強い。仕方なく立ち止まった俺は、「なんだよ」と政岡に向き直った。
「……ぉ……」
「お?」
「お茶でも、飲みに行きませんか……」
その語尾はようやく聞き取れるくらいの声量で。
耳まで真っ赤にした政岡の申し出にに、身構えていた俺は呆気にとられる。
そのまま静止する俺達のすぐ傍、顔を見合わせた双子が「会長やるねえ」と笑う声がやけに響いた。
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