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12※

「い、やだ……ッ」 「うるせえ、喋んじゃねーよ、舌噛むぞ」 「ッふざけ、へ」  それは、俺が瞬きしたのとほぼ同時だった。人の言葉を待つよりも先に、寧ろそのタイミングを見計らったかのように、岩片は俺の腕を掴み、思いっきり腰を打ち込んだ。 「……ぁ……ッ?」  目の前が、白く染まる。声が、息が、止まる。汗がとめどなく溢れてくる。ぐずぐずになった内壁、そこを押し広げるように奥まで一気に貫いてきた肉棒に、全身の毛穴という毛穴から色んな汁が溢れ出るようだった。熱い、熱い、熱くて、苦しい、それ以上に、体の奥、指や無機物とは違うその肉の感触に、全身を巡る血液がどっと沸騰する。 「ッ、い゛、ぁ、う……そ……ッ」 「嘘じゃねえ、……今お前ん中に入ってるのは俺のチンポだよ、ちゃんと見ろよ、ほら、見えるか?」  ぐっと、体を抱き起こされる。その動作に中が擦れ、息が漏れた。痛みはない、滑るように慣らされたお陰か、動けば動くほど中が擦れ、奥へと入り込んでくるその熱量に全身が強ばる。腹の奥底から込み上げてくる得体の知れない感覚、熱に、思考が乱れる。抜かないと、早く、やめさせないと、そう思うのに、体が、思うように動かなくて。  腕を引っ張られ、腰を打ち付けられる。根本奥深くを先っぽで擦られるだけで目の前がチカチカして、出したくもない声が勝手に出てくるのだ。 「は……ッ……ぁ……ッ! ぁ、……う、……ッ」 「ッ、お前……こんなキツキツのケツマンコでよくも男食ってきたとか抜かせたな……ッ」  岩片の戯言に付き合ってる余裕もなかった。  腹いっぱいの満腹感。苦しくて、気持ち悪いのに、それも全部無視して腰を打ち付けられる。そのテンポに、腹の中に心地よい波が広がるのだ。  岩片相手にこんな醜態、悔しい、むかつくし、腹立たしい。けれど、それ以上に感じてる自分が嫌で嫌で堪らなく嫌だった。 「……っ、く、……ッ、ぅ……ッ」  腰が、揺れる。声を必死に押し殺そうとするが、食いしばった奥歯。その奥から溜まった唾液は溢れ出してくる。目頭が熱い。腹の中もポカポカして、気持ち悪いはずなのに、腰を打ち付けられる度に下腹部に熱が集まり、情けない声が漏れてしまうのだ。  伸びてきた手に、頭を押さえつけられ、腰をぐっと高く持ち上げられた。背筋が酷くいたんだが、より深いところに当たるその体勢は恥ずかしく、そしてろり自分が惨めになってくる。けれど、その分。 「ハジメ……ッ、どうだ? ……本当に処女じゃなくなった感想は……?」 「ッ、さい、あく……だ……ッ」  焼けるように熱くなった腹の底から絞り出す。  岩片は「そりゃ、よかった」と笑った。  そして、ゆっくりと腰を引く。瞬間、勃起したカリが内壁を擦り上げ、腹の中に濡れた音が響く。腰が揺れる。 「ぁ、……ひぃッ……!!」  性器を引き抜かれたかと思った次の瞬間、今度は一気に奥まで腰を打ち付けられ、情けない声が漏れた。バクバクと高鳴る心臓。臍まで反り返った性器が痛かった。そんな挿入を何度か繰り返される。その度に体が震え、声が揺れ、声が漏れ、頭が真っ白になり、俺は、枕に顔を埋めることで自分を保とうと試みた。保つ自分があるのかすら甚だ疑問であるが、こうすることでしか耐えられなかった。何度も打ち付けられ、内部をじっくりねっとり犯される。性器からはどろりとした精液が溢れ、シーツを汚す。声を、聞きたくなかった。聞かれたくなかった。岩片にだけは、こんな自分を見られたくなかった。  見下していた。岩片に抱かれて悦んでる男を見て、ああはなりたくないものだと高を括っていた。  それが、今はなんだ。今の俺は、あいつらと何も変わらない。  自己嫌悪と快楽が同時に押し寄せてくるこの空間は生き地獄か。拘束された手首が軋む。視界が歪む。汗が、流れ落ちる。 「……ッ、ハジメ……」  名前を呼ばれたときだ、上を向かされる。触れる唇。思いっきり抱きしめられ、腰を深く打ち付けられたとき、岩片はピストンするわけでもなく、そのまま俺の腰をぐっと抱き寄せ、固定した。体内で膨張したそれが脈打つ。あ、と思った瞬間、体内奥深くへと流し込まれる大量の熱に、背筋が震えた。身を攀じるが、きつく抱きしめられた身体はびくともしない。 「ッ、は……ぁ……ッ」  満ちていく腹の中。粘着質な熱が広がる。瞼の裏がぱちぱちと火花散るみたいだった。甘い声が漏れた。受け止めきれなかった精液が、下腹部あら内腿へと垂れていくのがわかった。  おまけに、中出し。  人を無理矢理犯して中出しなんざ、男がすることではない。そう言いたいのに、なんでだ、全身が暖かくて、心地よい疲労感に襲われる。混乱する。嫌悪感が勝らなければならないはずなのに、俺は、なんで。 「……ハジメ」  これも岩片のやつが、妙な目で名前を呼ぶからだ。  そんな風に俺の髪を撫でるからだ。  抱き締めて、キスをするからだ。 「……俺のこと好きって言えよ」  いつだって岩片は傍若無人唯我独尊を体現かしたみたいな男で、自分は愛されて当たり前だって思ってて、おまけに男を犯すことしか考えてない色物野郎で、俺のことなんて体のいい召使いとしか思っていない。そう思っていた。……そう信じていたかった。  だからだ、だからきっと俺は動揺してるだけだ。こんな風に甘えてくる岩片に混乱して、わけわかんなくなって……何も考えれなくなった。どれが本当の岩片なのか、わかんなくなった。俺は、どの岩片を信じればいいのだろうか。  全ての当たり前が岩片の手によって壊される。本当に、この男は恐ろしい。残酷で、身勝手で、俺のことなんて一ミリも考えてないナルシスト男。  俺に恋をするなと言ったのはお前じゃないか、岩片。 「……っ、……」  誰が、好きなんか、言うか。言葉を飲む。唇をぐっと噛み締めれば、俺の意思を汲み取ったようだ。岩片は笑い、そして、腰を大きく動かした。 「ッ、……ん、ぅ……ッ!」  濡れた音ともに奥を突かれ、不本意にも声が漏れる。声を出したくなかった。聞きたくなかった。  腹の中で精子がぐちゃぐちゃと音を立て塗り込まれるような感覚はいいと言えるものではない。  つか、出したばっかなのに、なんで、もう勃起してんだよ。まじで節操なしかよこいつ。  先ほどと変わりないほど膨張したそれにピストンされれば、品のない音に、熱に、全身の筋肉が緊張する。 「っ、……ッは、ぁ、……ッ」 「……なあ、好きって言えよ、ハジメ……っ」 「だ、れが……ッ、ぁ……ッ!」 「俺のこと好きって言え」 「……ッ、ぅ、……く、ぅ……ッ!」  波打つ快感。執拗に奥をえぐられる度に思考が乱れる。滑る感覚。体を支えることもやっとだった。先程以上に激しく腰を打ち付けられれば、息をする隙もなかった。喘ぐ俺に、岩片は俺の腿を持ち上げ、更に深く腰を進ませてくるのだ。みっともない恰好を気にする余裕もなかった。 「ッ、ぁ、い、わ……ッ、や……抜け、も、むり、や、だめ、だ……ッ!」 「……っ、ハジメ……」 「いわか、……ッ、ん、ゥ……ッ!」  顎を掴まれ、唇を塞がれる。何度も角度を変え、執拗に唇を貪られた。舌と性器上下同時に岩片に犯され、なにも考えられなかった。気持ちいいとか死んでも言いたくない。けれど、唇を重ねてくる岩片が、見たことのない切羽詰まった表情をしていたのに気付いてしまった。  全部、ただの気紛れなんだろう。暇潰しなんだろう。俺をからかって遊んでるんだろう。  政岡を優先したのがムカついただけの、ただの独占欲だろう。  ……そう言ってくれ、岩片。 「……っ、は、ぅ……んん……ッ」  抱き締められる。隙間がないくらい体を密着され、深く挿入される。お腹がポカポカと暖かくなって、気付けば限界まで勃起したそこからはとろとろと先走りが溢れていた。鼓動が加速する。舌を絡め取られ、咥内を岩片の舌でくまなく舐られれば、頭の奥がじんじんと痺れ、腰が、痙攣するみたいに揺れる。それから間もなくして、何度目かの射精をした。ぽたぽたとシーツの上に精液が掛かる。脳に広がる射精感。体が、ぐずぐずになっていく。言うことを聞かない。まるで、自分の体じゃないみたいに、岩片に触れられただけで甘い快感が広がるのだ。 「っ、ぁ、は、……ッ、ぁ、いわ、かた……ッ!」  声が、自分のものと思えないような声が溢れる。抑えようとしても、開いた口を閉じることができなかった。情けなさを感じる余裕もなかった。  受け入れることが精一杯で、イカされる度にどっかいろんなところが馬鹿になってしまってるんじゃないか、そう思うほど、何も考えられなくなる。太い性器で中を摩擦されるだけで腰が震え、射精したばかりのそこは芯を持ち始めるのだ。  抱き締め、キスされる。唾液を舐め取るように舌を這わされ、腰を持ち上げられる。 「ん、ぅ、ふ……ぁ……ッ、ん……ッ、んんむ……ッ!」  きもちいい。頭が、思考が、岩片に塗り潰される。  舌を絡められるのが心地よくて、一瞬の血の迷いだった、俺は、何も考えずに岩片に舌を絡めた。絡めてしまった。くちゅりと音を立て、岩片の舌に自らのそれをこすり合わせたとき、岩片の両手に頭部を掴まれた。そして。 「ん゛ッ、ぅ゛、ん゛んぅッ!」  ヂュルヂュルと人が発するような音ではないような音を立て、激しく喉の奥舌の根を絡み付けられ、吸われ、嬲られ、舐め回される。もう充分硬くなっていたはずのそこがまた一回り大きくなるのを感じ、血の気が引いた。口の中へと唾液を流し込まれ、先程とは比にならないほどの力で腰を叩きつけられる。壊れる。と、止める余裕もない。無茶苦茶な体位で奥まで犯され、奥まで深く何度も執拗に性器を押し付けられ、もう既に入ってるそこに指を捩じ込まれ、グリグリと中を刺激された瞬間、射精したばかりのそこに熱が一気に集まる。  そこからはもう、記憶は定かではない。  自分の意志とは関係なく射精し、気持ちよさを気持ちいいと容認する隙もなく、イカされる。声を出す間もなかった。全身が焼けるように熱くなり、中に出される度にまた射精して、声も出なくなった。覚えてるのは、ドロドロに汚れたシーツが肌に触れるたびに気持ち悪くなったというのと、長い前髪の下、岩片のゾッとするような獣染みた目だ。 「……っ、好きだ、ハジメ」  薄れゆく思考。酸素が薄くなった部屋の中、岩片のその声は酷くはっきりと耳に残っていた。もしかしたら、都合のいい俺の妄想なのかもしれない。俺は、なにか答えようとしたが、それよりも先に意識が途切れた。腹の中にいっぱいに溜まった岩片の熱を感じながら、ぶつりと音を立て記憶が途絶える。

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