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成功体験

あれは小学3年生の時だった。 俺は走るのがすごく苦手で、クラスでもビリを争うほど鈍足だった。 今年の運動会は種目に全員リレーが入っている。クラス全員で担当の区間を走り、バトンを繋いでいかなければならない。誰かが遅くても誰かが諦めてもダメなのだ。自分が走って自分のバトンで次を繋いでいかなければならない。 今年のクラスは足の早い子が多くて運動会という体育会イベントに熱のあるクラスメイトが多かった。練習では足の早いクラスメイト達がどんどん周りとの差をつけていくが、俺にバトンが回ってきた途端あれよあれよと順位が落ちていき、バトンを渡す頃にはビリになってしまっていた。この現象が体育の授業で度重なり、クラスメイト達に半ば脅される形で早く走るための訓練を余儀なくされた。 それから毎日、放課後に足の速いクラスメイトの指導を受けながら早く走る練習をした。運動会で絶対に勝ちたい彼らは学校のない平日以外も特訓するよう俺にしつこく言いつけ、俺は嫌々ながらも母親に付き添ってもらって何度も近くの堤防で練習を重ねた。 走る練習を重ねていくうち、足の動かし方や手の振り、風の切り方が身についていく。俺は少しずつではあるが、走りに体が乗るようになっていった。 いよいよ本番が訪れた。練習の時と同様、運動会本レースもうちのクラスは首位を死守していた。ついに自分の番がくる。バトンが自分に近づいてくると、過去の嫌な授業の記憶がフラッシュバックしてくる。俺が緊張とプレッシャーでカタカタと足を揺らし始めると、俺の後ろに並んでたクラスメイトが背中を勢いよく叩いた。 「充希(みつき)〜!ファイトーー!!!」 でっかい声と物凄く強い平手打ちだった。背中に大きな痛みが走る。いってえ!!! それに悶えようとした隙に前走者が来てしまった。とりあえず頭真っ白でバトンを受け取る。無我夢中で走る、走る。背中の痛みだけが頭にはなくて、幾度も練習を重ねていた体は無意識にバトンを左手へ移し変えて次の走者へ押し渡していた。体中クタクタになりながら走り終え、レーンから外れる。すると突然一斉にクラスメイト達が駆け寄ってきた。 …なんと俺は初めて他の選手に抜かされず走りきったのだ。クラスメイト達は競技が終了していないのに感動の嵐。それからそのまま首位を独占しきったうちのクラスは、クラス対抗リレーで優勝した。勝利を手にした時、みんなが一斉に歓喜に震えた。クラスメイト達が俺を最高だとベタ褒めし、母親はPTAゾーン飛び出して抱きしめてくれた。 俺は自分の走りに自信がなかった。しかし、あのきつい日々が実を結び、沢山の人間が俺を称賛した。そのとき、俺は初めて「努力は自分を認めてくれるものだ」と知ったのだ。

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