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陸上部1
入学式を経て約2週間が経とうとしている。
行き慣れた桜道を歩き、グラウンドへ足を踏み入れた。
俺は高校1年で、中高一貫である咲山高校の内進組だ。努力が実ることを経験した俺はそれから勉強にも励み、見事中学受験に合格した。あのクラスリレーから走ることが好きになった俺は中学ではもちろん陸上部に入り、短距離選手として活躍した。県大会までには出られなかったが、予選で好成績を残した。
それからはエスカレータ式に高校へと入学した俺こと石道充希は陸上を中学で引退し、高校では勉強に励むことを決めた。
走ることが嫌いになったんじゃない。でも、俺は昔から一つのことにしか集中できない性格だった。
父が1年前に亡くなってからは母親1人の力で俺をこの学校に通わせてくれた。夜勤をしてまで私立で高いお金を払って学校を通わせてくれる母を楽にしたいから、俺は陸上をやめて勉強に集中し、国公立の医学部へ入ることを決心した。母は看護師で父は医者だった。父の影響も大きかったが、何より父が亡くなってからの母の働き様を見ては、医者でなければ母を楽に生活させていくことはできないと痛感した。今は苦労させていても医者になれば必ず成功する。国公立に行けば私立に比べ学費は相当やすくなり、奨学金を受け取ったとしても医師資格という返すアテも保証されている。最悪日本で無理なら海外でだって働ける。医者になればいくらでも金や余裕が生み出せるのだ。そのために俺は陸上をやめ、勉強に努めようと決めた。成績は中の上のレベルだが、それは部活をやってきたからだ。勉強に集中すればもっと上を狙えるはず。否、上を目指さなければならない。
俺は覚悟と共に陸上を辞めた。
しかし、俺は学校のグラウンドにいた。それは走るためではない。
中学の陸上部仲間であった親友がグラウンドへ呼びつけたのだ。
「ミツキ〜〜!」
「あ、遼 」
黒い短髪とキリリとした眉が特徴的な男子が充希を呼んだ。充希も呼ばれたまま、遼の方へローファーのまま近寄る。少しグラウンドの砂が舞い上がった。
「ミツキ、見に来てくれてありがと。今度新歓あるから是非見て欲しくってさ」
「遼も新入生じゃん」
「俺は中学からやってるから陸上部では4年生です〜」
「まあ、確かに。グラウンドの使い方は新入生より良く知ってる」
クスクスと笑えば、だろ?と肩に思いっきり遼が乗っかかってくる。遼は俺より5センチほど背が高い。重いから退けと遼の腕の皮を捻った。
「いったー。ミツキは乱暴だ」
「お前が乗っかるからだよ」
「はいはい。…ミツキ、お前、やっぱり新歓来いよ。あんなに短距離頑張ってたじゃん。今年はスポーツ推薦で入ってきたやつも何人かいて張り合いがあるぜ?忙しいっていうならマネージャーでもいいからさ…陸上辞めるなんて言うなよ」
「遼…。気持ちは嬉しいけど、やっぱりむりだ。俺はもともと勉強するためにここに入ったし、高校ではもっとレベルも上がって俺の性格じゃ勉強も陸上も疎かになる。俺には勉強に集中する時間が必要なんだ」
「ミツキ…」
充希は遼のガッカリした目を見たくなくてグラウンドの方を見た。遼の誘いは今日で5度目だった。
ふわりと遠くから綺麗なフォームでこちらへ向かってくる人影が見えた。次第に近づいてくると、茶の髪が風で揺られて靡き、小さい顔と長い足がとても印象的だった。その男はそのまま走りきり、足の力を抜いてはテープカットを切ったように体を前のめりにうつむかせた。隣でマネージャーのような生徒がストップウオッチを見ながら何か話していた。
充希はぼんやりと彼の様子を見ながら呟く。
「真悠 …」
「え?ミツキ、マユ知ってんの?
ったく、それなら言えよな!おい、マユ!!」
「わわっ、ちょ、遼」
遼は俺にしつこいぐらい世話焼きなところがある。知り合いだと勘違い…ではないかもしれないが、そう勝手に判断した遼は茶髪の男に向かってこっちへ来いと大きな声を上げた。 遼ってほんとにおせっかい。
茶髪の男は走り終えた直後で身体全身を使って大きく呼吸をしていた。しかし、遼の呼び声で俺らに気づくと美しく汗が滴り落ちた顔でにこりと微笑んだ。
(やっぱりあれは真悠だ…)
茶髪の男は長い足を動かして俺らの元に訪れた。
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