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1.世界で一番変な奴
いわし雲。蒼い空を背景に泳いだイワシの群れの如く……。
うん、そのまんまだな。
僕は昼休みの空き教室の窓辺にて、この清涼感と壮大さ溢れる景色を独り占めで堪能中だ。
―――加瀬 綾真(かせ りょうま)、それが僕の名前。
特に変わった所も特技もなーんにもない平凡な……まぁ些か好き嫌いの激しい男子高校生ってとこ。
今好きな物、落ち着ける空間。チョコレート。
今嫌いなもの、雑踏や騒々しい奴ら。あと。
「あーっ、俺の場所ぉぉ!」
「チッ……来やがった」
……1人の時間終了のお知らせ。
教室のドアをやたらけたたましい音をさせて開けたのは、加瀬 亮二(かせ りょうじ)
俺が今一番嫌いな奴だ。
「綾真、そこ俺の場所なんだけど」
「うるせぇ。名前でも書いてあんのかよ」
窓辺に近くて、比較的新しいこの机。これが今1番僕が好きな席。そう『今』は、だけれど。
……僕の数ある欠点の中で1番指摘を受けやすいのが、この『飽きっぽさ』にある。
好きだったモノが突然嫌いになる事もあるし、その逆も有り得るのが今の僕だ。
「えぇぇ……年上のクセにぃ」
あからさまな膨れっ面をしながら、彼は僕の隣の席を選ぶ。
ピッタリとくっつけられた机が、なんだか居心地悪い。
「じゃ先輩付けろ、馬鹿野郎。あとその顔、あざとい。吐き気がする」
亮二は一つ下の後輩、1年生。
……2ヶ月ほど前、その日もこの教室で昼休みを満喫していたんだ。
そしたらいきなり馬鹿みたいに煩い奴が入ってきて、我が物顔で隣の席に座りやがった。僕に、なんの断りもなく!
その日は結局、なんの言葉も交わさなかった。
僕も『なんだコイツ』って思うだけで、なんだか話しかけたら負けな気分がして無視した。
次の日も、その次の日も。
彼は僕の隣に座って昼食を取って、机に突っ伏して寝るだけ。
僕はそんなコイツをシカト決め込んで、窓から外を眺める。
……そんな日が1ヶ月続いた。
んで沈黙は突然破られる。
この男の『なぁ綾真。窓閉めて』という言葉によって。
こいつ、喋れるのか……でもイキナリそれかよ。と、動揺したのは当たり前だよな。
でもそれからも数十分の昼休み中に、二言三言言葉を交わすか交わさないか。
そんな訳わかんねぇ空気感な僕達。
まぁ、別に入ってくる時以外はそんなに煩くないし。
僕が場所を変えるのが馬鹿らしいのと悔しいのと。あとは。
「綾真先輩」
……思考がぶった斬られた。
あいつから思い切り背けた顔に、囁くような声がかけられたから。
息がかかった不快だ、と文句のひとつでも言ってやろうと振り向けば。
「!」
思ったより遥かに至近距離の顔と顔。瞳と瞳。
そのわずかに色素の薄いこいつの瞳の色が、易々と覗き込める程の近さにある。
何故か少しだけ苦しげに寄せられた眉の毛の一本一本も見えるような。
「先輩?」
こ、こいつよく見ると結構綺麗な顔してやがる。
濃い眉毛と同じように、睫毛も長くてフサフサしてて。こんな季節なのに日焼けしたような褐色の肌に負けない彫りの深い顔。
胸焼けしそうなこの面も、確か風の噂に女子たちに大人気でモテまくりだとか。
嗚呼、ムカつく。リア充爆発しろ、バーカ。
「お、おい……亮二」
あと僕はな、こう口にしたかったんだよ。
近い、近過ぎる、離れろ馬鹿、距離ナシ野郎、大嫌い、だって
なのにこんな……なぜか、すごく緊張しちまう、なにこの罰ゲーム?
「……なーんてね」
「ふぇ?」
パッと破顔した亮二に間抜けな声を上げてしまう。
「綾真、ちょっとドキドキしたっしょ」
悪戯成功とばかりにニヤニヤ笑うこのいけ好かない男がそこにいた。
「死ね」
僕は反射的にそう吐き捨てて、再び窓の外に顔を向ける。
その心の中、亮二を直視出来ないくらい腸煮えくり返っていたし、ほんの少しでも『何か』を期待した自分に虫唾が走るくらいムカついていた。
……やっぱり僕はコイツが大嫌いだ。
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