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8.世界で一番好きな人
「なんのつもりだ」
これは僕の台詞。
「ごめん……綾真」
これはあの男の台詞。
目の前で土下座する男を、僕はどんな顔でこの場に居れば良いんだ。
―――そろそろ本気で授業をサボる事になりそうだと、我に返った僕は慌てて立ち上がった時。
けたたましい足音と、耳を塞ぎたくなるような派手な音を立てて教室のドアは開け放たれる。
「綾真……!」
息切らせて、うっすら汗までかいて。亮二は立っていた。
「何しに来た」
……今日は名前呼びなのか。そんな事を考えながらの返し。
視線を落とした彼は突然土下座し始めて、冒頭だ。
「なにを謝ろうって? 下らない冗談言いながらセクハラ行為した事か」
「冗談、じゃあ……ない」
絞りだす様な言葉。
……ああ、こいつやっぱり馬鹿だな。でも一番の馬鹿は幼馴染の言葉に影響されてる僕だろうな。
しゃがみこんで、彼と目線を合わせる。
「教えてやるよ……僕は君が嫌いだ。でも、僕はすごくあきっぽい。好き嫌いもころころ変わるんだ」
「綾真、それって……」
顔をあげた彼と本日初めて視線が絡み合う。
「そこまで言うならやってみろよ」
それでも耐えきれず一瞬で逸らして、半分ヤケになって呟いた。
「キスのひとつでもして見せれば僕の好き嫌い変わる……か、も」
「綾真、あんたって人は」
呆れたような言葉の後に、ゆっくり伸ばされた指を無言で視界の端っこで眺める。
「こんなに可愛い事……知らないから」
泣いて止めてって言っても、なんて物騒な事を言うものだから。
「何するつもりだよ」
文句言おうと視線を戻すと、あの熱い双眸がこちらをじっと見つめていた。
脳みその一部が痺れたような気分になって、そこから目が離せない。
「……俺の事、好きになってよ」
ため息をつくような言葉に『さぁな』と返して瞳を閉じた。
―――この目を開く時、多分景色は変わっているだろう。
世界で一番嫌いな奴を、好きになっている。
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