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口元を拭いながらトイレの個室から出る。
視界に写ったのは、手洗い場にいた美術の丹羽 京太郎(にわ きょうたろう)先生。
年上で教師としても先輩だ。
髭に短髪、大きくがっちりとした体型の凡そ美術教師らしくない感じ。
のっそりと寡黙でクマみたいな雰囲気なのだが、その容姿はなかなかの男前だと生徒の間では評判だ。
確か、彼が顧問を務める美術部の毎年の入部希望者は殆ど彼目当てだとか。
「……大丈夫か」
さっきの聞かれてやしないか、とヒヤヒヤしやがらも軽く会釈して手を洗う俺にかけられたのはシンプルな言葉だった。
「え?」
「気分でも悪いのか」
やっぱり聞かれていたらしい。
不快な気分にさせて申し訳ない、という意味を込めて。『すみません』と一言。
「そうじゃねぇよ。てめぇの体調を聞いてんだ」
「え。あ、ああ。もう、大丈夫、です」
凄むような低い声に軽くどもりながら答える。
すると彼の普段から動かない表情がそのままに『そうか』と言葉を発して、そのまま出て行った。
「な、なんだありゃあ……」
芸術家って言うのは変人のイメージはあったが。
―――今まであまり絡みがなかったせいか慣れない対応に、この一時だけ橘 陸斗の事を忘れて首を傾げた。
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