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4その女、嬌態的により

朝から雨が降り出しそう、だと思っていたら。案の定夕方から降ってきた。 窓ガラスを叩きつけて、跡を残す雨粒に少し安堵する。 元々俺は雨が好きだ。 こういうと『変わってるね』と言われるが、晴れてるより雨の方が子供の頃から好きなんだ。 何故かは分からない。どうせガキの頃お気に入りの傘でもあったとかそういう理由だ。 「茶久先生……優希」 一人、生徒のいない教室にいた。 全てが崩れ去ってしまうような気分も、ここにいれば何とか形は保てる。 俺は間違っても熱血教師とか、よく出来た大人だってワケじゃない。 むしろ欠落しまくってる自覚はあるし、それを開き直っていた節もある。 教員になったのだって、親も親族も学校の先生ってやつの教師一族に生まれたからだ。 なりたくてようやくなった奴らには悪いけど、熱意も信念もイマイチないんだよ。俺には。 それでも高校教師ってやっていけるもんだ。 不安定ながらある程度出来上がってるガキ相手だもんな。こっちも向こうも織り込み済みって所もあるさ。 そうやって平穏に、適度にやっていけるはずだったんだ。それなのに……。 「ねぇ。優希ってば」 「ぁ、飯島……先生」 背中に柔らかな体温を感じていたはずなのに。軽く詰るような声でようやく気がついた。 飯島 藍子が俺を見上げて微笑む。 「なにか、考え事?」 「あぁ、ちょっとな……」 「もしかして。あの橘 陸斗?」 「……」 「やっぱり。気の毒ね。問題児が一人クラスにいると」 「まぁね」 そう問題児だ。なにせ担任を脅してフェラをさせる鬼畜野郎だもんな。 「ねぇその疲れ、癒してあげようか……?」 ふっくらとした唇。 血色の良い頬……ああ、でも少し荒れてるな。 撫でればサラリと指をすり抜けるだろう黒い髪は伸ばしているのか。数ヶ月前まで割とショートヘアだった。 「優希」 つい、と差し出されるようにピンクの唇が近づく。 あとは俺がほんの少しだけ屈めば、いつものように触れ合うだろう。 そしてそのリップの味に少し顔を顰めながらも食んで舐めてなぞって……。 「っ……!」 「優希?」 ……な、なんだ突然。 目の前に、いや脳裏に過ぎった映像に激しい吐き気と動揺を感じて思わず口を抑える。 薄い唇。青白い肌、涼しげな目元。飄々とした。 「大丈夫!?」 「ご、ごめん……ちょっと、ごめん……」 口と、何故か奇妙な動悸を訴える胸を抑えながら俺は逃げるように教室を出る。 いくつか机や椅子にぶつかる音と、心配そうな彼女の声を聞かないフリをして。

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