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7.その行為、残酷につき
全てが終わって最初に目にしたのが白いシーツと裸である己の腕。
隣では服を着込んだ胸が上下する。健康そうな10代の少年のだ。
すやすやと安らかな寝息を立てているのは、性欲を発散させた憎らしいガキに他ならない。
……呑気な顔で寝やがって、と一発くらいぶん殴ってもいい気がしたが止めておこう。
っていうか、こいつずっと服脱がなかったな。
特に上だけは頑なに着ていて、皺になろうがお構い無しだった。
あー。そんなことより時間だ。今……。
「ゲッ……夜じゃないかよ」
しかも教師が生徒の家にいたら絶対アウトな時間だ。つまり夜中。日付も1時間以上前に超えてしまった。
「やばい」
口の中で呟きながら手にしたスマホを一旦置いて服を探そう、いやまずベッドから出ないと……と起き上がる。
なるべく音を立てないように、ベッドの軋みにすら慎重に身体を移動させるが。
「ん……ぅ、優希?」
身動ぎして空いた空間を探るように伸ばされた腕に、呆気なく捕まった。
「?」
普段の大人を舐め腐った態度はどうした。余裕ぶって散々人を嬲ったくせに。
今は甘えたな子供みたいじゃないか。
「も……帰る」
「なんで」
「なんで、ってなぁ」
夜中だぜ?
しかももう親御さん帰ってきてるんじゃないか? だとしたらバレないように立ち去らないと……。
「母さんはいないよ……帰ってこない」
拗ねたような声でそう言うと、捕まえた腕を引いた。
「お、おい」
「もう一回する」
「は!? 何を……」
「セックス」
「ヤだよ! 無理だ。散々しただろ!」
初めてなのに何度も突き立てられて、気絶するまで揺すられて。
これ以上十代の性欲に付き合っていたら、死んじまう。
「壊れちゃうって、泣いてたよな」
「言うなっ、バカっ……」
俺だって死ぬほど恥ずかしい。
こいつ優しげな口調だけど、やってることはわりとめちゃくちゃなんだ。
今もぐいぐいと腕を掴んで布団の中に引き入れようとしてくる。
「やめろっ、馬鹿っ……この、死ね! 変態ッ!」
「生徒に暴言吐きすぎだよ、先生」
「くそっ、その『先生』やめろ!」
「じゃあ優希?」
「それも却下! 馴れ馴れしい!」
「えー……?」
可愛こぶってもダメだぞ。
その力加減は可愛くないし。
「や、やだっ……お、おい……っ、あっ……!」
「ほら。ここももう一回したいって」
「言うかッ!」
ついに抱き込まれ下半身を強引に触られて声を上げるが、体格も力も体力も向こうの方が上だ。
為す術もなく、後ろからのしかかられる状態まであっという間。
「入れるね」
「入れるなァッ……ぁ、ああっ、う……ぁ……ひっ……やめ……だめだ……っ……」
ほんの数時間前まで受け入れていたその箇所は容易に差し込まれていくのが、ゾクゾクとした快感と共に羞恥を刻む。
助けて、もう無理と懇願しても容赦されないし、馬鹿死ねやめろと罵倒しても笑ってるだけだ。
助けを求めるように伸ばした手に重ねるように彼の指が這わされる。
それが尚のこと絶望に叩き込む。
もう逃げられない、と本能が囁く。
なんせあんなに感じてしまったのだ。ゲイじゃない、ノーマルなのに男に脅されてとはいえ痛みだけじゃない感覚に悶えてしまった。
「先生っ……もっと……」
「はっ……ぁ……やだぁッ……や、はな、せぇ……っ」
「ダメ、許さない」
「ひっ……ぁ゛ぁ……そ、それっ……やぁっ……」
……さっきまであんなに優しく抱いたのに。
それから数時間。夜が明け切るまで彼は、俺を乱暴に揺すり貪り食らうように貫き続けた。
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それからタガが外れたように、俺たちは何度も身体を重ねた。
とは言っても俺自身望んだことは一度もない。
むしろ止めろといくら訴えても、強引に抱く彼の腕に抗えないでいるだけだ。
場所は主に彼の自室で、家庭訪問と銘打って呼び出されては裸に剥かれて組み敷かれる。
すっかり覚えさせられた快楽は、俺の精神も蝕んでいると思う。なぜなら以前より恐怖も嫌悪感も、それどころか罪悪感すら薄くなっているからだ。
「先生、もう一回」
「またかよ……何回目だ」
「えっと、4回目」
「じゃあもう無理……っうぁ!」
伸ばしてくる手を払い除けるも、脇腹をさすられて変な声が出た。
何すんだと怒鳴りつければ、悪びれた様子もなく。
「ほら、さっき撮ったやつ。見る?」
「最ッ低」
見せられたのはスマホの動画。
……またこいつ撮影してやがったのか。
後ろから突き入れられる、あられもない姿を撮られていたらしい。
こいつはこうやっていつも一度は撮影する。
いわゆるハメ撮りってやつで、これが外に出たら間違いなく身の破滅だろう。
そんな事を想像すると震えてどうしようもなくなるは仕方ない。しかしこの動画がある意味で俺の『心の安定』でもあった。
……俺自身がこの関係を望んで結んでいるのではない、という証明になる。
認めたくなかったんだ。この行為で性欲を満たしてる、教師としても大人としても最低な自分を。
脅迫されているから、逆らえないから仕方ない……しかも橘自身もそれを飲み込んでいる節があるから腹が立つ。
「ね。ほらこれ、飯島に見せてみよっか」
「馬鹿」
「えー? もっと焦ってよ。そうだ、丹羽に見せよう。欲情して襲ってくる、かも」
「ハァ、お前ろくなこと考えないよな……」
「あ、ため息ついたでしょ。もう先生ってば」
呆れてモノも言えない俺に、拗ねてみせる男。
どちらもまぁ下手な大根演技だ。
「……ほんとにしちゃうから 」
「え?」
至近距離で覗きこまれた瞳。
こいつの瞳、ずっとカラコンしてると思ってたし本人も否定してなかった。
でも多分これ、元々の色だ。少しグレーがかったその色は日本人のそれより光に反射して煌めいて見える。
「もっと怖がってよ。オレはこれ以上評判落とすのは怖くないけどさ。……あんたは違うよね?」
「……」
「怖い? ねぇ。オレのこともっと見てよ。マジな目してるでしょ」
「ま、まさか」
「うん。これであんたを壊せるよ。少なくても社会的には簡単に」
平然と、人を陥れるようなコトを言う。むしろ薄ら微笑んでさえいる。
「そんな……」
戦慄く唇に、彼の節立った指が柔らかく触れる。
「そうなりたくないよね、先生?」
―――悪魔のような男の言葉に頷く代わりに、ゆっくりと身体の力を抜いた。
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「最近、橘は問題行動起こさなくなりましたなぁ」
嬉しそうな声の田中先生に、俺は愛想笑いを浮かべて頷く。
そういや生徒指導部のこの人、かなり彼に手を焼かされてたっけな。
怒鳴りつけられても諭されても飄々と暖簾に腕押しで行動を改めない生徒に、なかなか連絡の取れない親御さん……担任の俺? 悪いけど付き合いきれなかった。
だって小中学生のガキじゃないんだぜ。そりゃ何もしなかった訳じゃないが、1年でいきなりああなった生徒をどうしろっていうんだよ。
「これも茶久先生の熱心な教育の賜物ですよ」
「いやいや……」
熱心な、教育ぅ? ……してない。むしろこっちが教育されたよ。教科で言えば保健体育かな……ってのは口が裂けても言えない冗談。
「あれから定期的に家庭訪問されてるんですかね?」
「ええ、まぁ」
してるよ。週三くらいでな。下手したら休みも返上してあいつの家に通ってる。
でも不思議なことに1度も親御さんと鉢合わせた事も連絡を受けたことも、橘から親の話を聞くことすらない。
……話なんて、大体することもないしなぁ。
「学校もこの1ヶ月はちゃんと来てるみたいだし、授業もちゃんと受けてると」
「そうですね」
確かに。あの遅刻や無断欠席、サボり癖がなりを潜めて俺の授業も一応居眠りせずに聞いてる風ではある。
あれだけ俺の身体で好き勝手発散してるんだ、それくらい効果無いと逆に凹むっつーの。
……田中先生は、ハゲ散らかした頭髪を上機嫌に振りながら上機嫌に言葉を連ねて去って行った。
「……」
人の声の溢れる職員室を出て、あまり大差ない騒々しさの廊下を足早に歩く。
少し時間がある。少しだけ、少しだけだ。
―――階段を登って、また少し歩けば直ぐに渡り廊下。ここまで来ればもう人の声が遠くなる。
まるで別世界のように感じるのは、ここには授業や部活以外に生徒があまり立入ることがないからだろう。
……そして、この空間にその目的地とあの人がいた。
「丹羽先生」
滑りのイマイチなドアをスライドさせれば。
「……おぅ」
大きく逞しい身体の美術教師が、読み取れるか読み取れないか分からない程度の薄い微笑みを浮かべていた。
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