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第1話
その日、私は部下たちと飲みに行っていた。
先月から続いていた仕事が一段落ついた祝いの意味を込めての飲み会だ。久しぶりにゆっくりと話ができて、皆リラックスしていたように思う。
私は二次会には行かずに部下たちと別れた。ずっと上司がいても悪いだろうと思ってのことだ。
久しぶりの酒に、私は少し酔っていた。元々強くはないのだが飲みの席は好きなので、ついつい飲んでしまう。
今にして思うと、この歳にもなって危機管理ができていなかった。
人通りが多い道が煩わしくて、一本裏の寂れた道を選んで家路を急ぐ。誰もいない家に帰るのは、とっくの昔に慣れた。
酔い覚ましが必要だなと考えながら歩いていると、突然前方から何者かがぶつかってきた。私はよろめいて転びそうになる。
「助けてくれ! 殺される!」
ぶつかってきたのは、私と同じか少し上くらいの男でしきりに「殺される」と喚いている。
酔っ払いに絡まれるのはいつものことだが、こいつは特にしつこい。私は無視して立ち去ろうとした。
「ぎゃっ」
断末魔の叫びと共に何かが倒れる音がする。思わず振り返ると、地面に倒れた酔っ払いの後ろに、荒く息を吐き、目をギラギラとさせた若い男が立っていた。
男はギラつかせた目を酔っ払いに向け、満足げに笑った。
私はようやくこの異常事態に気がついた。暗くてわかりづらいが、倒れた酔っ払いからは血が流れ、若い男の手には刃物のような物が握られている。
私は人が刺される現場を目撃してしまったのだ。不意に男が顔を上げ、目が合う。
「見た……?」
「……っ」
私はとっさにその場から逃げようと踵を返した。だがアルコールの入った身体は思うように動かず、少し走った所で躓いてしまった。
かけていた眼鏡がアスファルトに転がる。視界はぼやけ、急に走り出したこともあり強烈な眩暈に襲われた。
若い男が近づいてくる。
やがて側に立ち、腹を蹴り上げ私の身体を仰向けにした。
「うっ……」
吐き気が込み上げる。目の前が暗くなり何も見えなくなる。
「あんたが悪いんだ。こんな所を歩いてたあんたが悪い……っ」
男がブツブツと呟きながら刃物を両手で握り直す。
――私はここで死ぬのか?
しかし恐怖心はなかった。
彼女を守れなかった私への、当然の報いだと思う。
「あんたが悪いんだ」
男が刃物を振り下ろした気がした。
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