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第10話
津川が運転して、私は後部座席に座る。大体の住所を伝えた後、車は発進した。
ここまで気を許してもいいのかと思ったが、疲れていたし、何より津川はそこまで悪い男だとは思えなかった。
変態ではあるが。
車内はしばらく無言だった。ミラー越しに津川と目が合う。徐に津川が切り出した。
「俺、外村さん送ったら警察行きます」
「……」
「最後にあなたに会えて良かったです」
津川は顔を伏せたが、その雰囲気はすっかりやわらかくなっていた。
車はマンション街に入る。
ひとりで暮らすには広すぎる家に、私は今日も帰るのだ。
静かに車が止まり、津川が後ろを振り向いた。
「着きましたよ」
「寄るか?」
津川は意外そうな顔をしたが、その顔をしかめ、そして笑った。
「こんな時間にお邪魔したら、奥さんに迷惑でしょ」
「妻は死んだ」
「……え」
「遠慮することはない。どうする?」
津川はしばし逡巡し、やがて車から降りて後部座席のドアを開ける。
「いつになるかわかりませんが、また会いに行きます。その時にお邪魔しますね」
私は車から降り、津川に向き合った。
「そうか。なら私はここで待っているから、いつでも来い」
津川の手に連絡先を書いた名刺を渡し、エントランスへと向かった。
唐突に歩みが止まる。
見ると津川の両腕が背後から回っていた。
「ありがとうございます……外村さん」
わずかに高い位置から声が伝わる。
「……調子に乗るなよ」
私は津川の腕を解き、その場を去った。背に残るぬくもりが、存外心地良かった。
了
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