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第8話
「温かさを感じ取ることが出来る春という季節が。人間のあなたがアンドロイドの私に教えてくれた、その季節が私も好きだった。私も春を待っていたのです。だからこそ」
そこで言葉を切るとユキは突っ立ったままの俺の手を両手で包み、優しく握った。やはり彼の手は冷たいままだった
「私はあなたに私のような思いをしてほしくはないのです」
そう言って微笑んだユキの顔は泣いているようにも見えた。ひんやりとした感触が離れていく。冷たさから解放されたはずなのに、俺の手は、一度離れたユキの手をしっかりと掴んでいた。
「でも、それでも俺はユキを愛して――」
「愛している、という感情も私にはよくわからないのです」
掴まれた手はそのままに、目を伏せながらユキは言った。
「『愛してほしい』のならば、そのように私の設定を書き換えられてはいかがです? そうすればあなたの望みのまま、私はあなたを愛することが出来ます」
「――どうして」
苦しい。ひどく息苦しい。
「どうしてそんな悲しいことを言うんだ?」
語尾が震えないように保つので精一杯だった。
「私は当たり前のことを言っただけです」
俺はその瞬間、掴んでいた手を引き寄せ、その身体を抱き留めた。
「和希さま?」
「黙って」
抱きしめた身体は確かに冷たかったが、感触は人間そのものだった。
ずっと追いつきたいと思っていたその存在は、今ではすっぽりと包み込める高さになっていた。見下ろす視界に十二年分の時の流れを感じ、胸に熱いものがこみあげてきて、それを見られまいと背に回した腕により一層力を込めた。
「……和希さま」
「さま、はいらない」
「?」
不思議そうに見上げたユキの額に、俺はそっと口づけを落とした。
「せめて俺だけはお前を人間として、対等に接したい」
「……」
「これからも、俺と一緒に春を待とう」
「……かしこまりました」
そう答えたユキの瞳が揺らめいて見えたのは、俺の視界が濡れていたことが原因かもしれない。
了
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