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第1話 ⑤
女の子たちを送る前も送った後も、、助手席の悠利は一度も口を開かずにいた。
二人きりになった車内は静かだった。
悠利は窓に頬杖をついて外を見つめている。
先に耐えられなくなったのは快だった。
「なあ、お前さ。昼間俺の部屋にいたとき、本当は寝てなかっただろ」
悠利が快のほうへ顔を向ける。
「そう見えたか」
「まあ、なんとなくな」
悠利は人のいるところでは寝ないと亮次から聞いたせいかもしれないが、身じろぎ一つしなかったことは気になっていた。
それだけ熟睡していたということなのか、それとも寝たふりをしていたから動かなかったのか。
「よくわかったな」
悪びれた様子もなく悠利が言う。
「なんで寝たふりなんかしたんだよ」
「お前が気まずそうにしていたからだ」
指摘されて、ぎくっとした。
何を話したらいいのかわからなくて困っていたのもお見通しだったらしい。
「そのうえよく寝ていたな」
昼食を終えたあと、快もこたつに入って寝転がっているうちに眠ってしまっていた。
「あの時間はいつも寝てるんだよ」
「よく知らない人間の横で熟睡するなど、警戒心がなさすぎる」
「警戒する必要ねえだろ。お前はうちの所員なんだから」
「簡単に人を信じすぎだ」
「お前が疑いすぎなんだって」
アパートの駐車場に戻ってきて、快はエンジンを止めた。車から降りようとしたところで、
アパートの入り口あたりに一人の男が立っていることに気づく。
「ちょっとここで待っててくれ」
降りようとした悠利を引きとめるように快が言った。
「どうかしたのか」
「いいから。勝手に降りるなよ」
念を押して降りると、快は車のドアをロックした。
アパートの入口にいた男がこちらへと歩いてくる。
不自然なのは右手だった。背中に回したままで動かないその手には、おそらく何かを隠している。
「何か用ですか」
若い男だった。見るからに柄の悪そうなその顔に見覚えはない。
「お兄さんじゃなくてさあ。そこの車の中の人に用があるんだけど」
「なら俺が先に聞きます」
「ちょっと話がしたいだけだって。何ならあんたも一緒にいていいし」
「話をしにきただけの人が、そんな物騒なものを持ってこないと思いますけどね」
隠している右手が何を持っているかまではわからなかったので、鎌をかけてみる。
にや、と男が笑った。
「なんだ、気づかれてたか」
男が握っていたのはナイフだった。
それを真っ直ぐに快のほうへ向けてくる。
「初音悠利って車に乗ってるやつのことだろ? 連れてこいって頼まれてさあ」
「初音?」
彼の名字は一条だったはずだ。
「あれ、名前違ったか? まあいいや。そいつ、ちょっと貸してくれよ」
「ナイフ持ってるやつに、はいどうぞとは言わねえだろ」
「だろうな。けどこっちも引き下がるわけにいかねえんだよ」
突然男が突き出してきたナイフを避けた快は、その手首をつかんで地面にひねり倒した。
背中を強く打ったのか、ぐ、と男がうめいた。
「誰に頼まれたか知らないけど、これ以上やるつもりなら警察に」
「まだ終わってねえよ」
カチャ、と音がした。
どこかにバタフライナイフを隠し持っていたらしい。それを左手に握り締めて、男が容赦なく振り上げてくる。
快はとっさに腕で顔を覆ったが、そこにナイフが突き刺さることはなかった。
「痛って!」
どこからか飛んできた石が男の左手に当たって、ナイフが地面に落ちた。
足音が聞こえて振り返ると、悠利がこちらへ駆け寄ってくる。
「お前っ、勝手に降りるなって」
「話はあとだ」
悠利が快の腕をつかんだ。
同時に目の前の景色がゆがんで、直後、真っ暗になった。
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