ユキムラの病室を出た二人が、昼食をすませて向かった先は初音家の本家だった。 　広い敷地に立っている屋敷の裏庭は、草が伸びっ放しになっていた。 　快と悠利が足元の地面をよく探しながら歩くと、マンホールよりは少々簡素な造りの錆びた鉄製の蓋が見つかった。 「これか」 　誠二郎が言っていた、箱を処分するための場所。処分すると決めてから作られたもののようで、悠利はこの存在を知らなかった。 　悠利が、誠二郎から受け取っていた鍵を出して、鉄製の蓋を開けた。中はただ穴が開いているだけだったが、真っ暗で底がどこまで深いのかがわからない。 　のぞき込むのが少し怖いくらいだ。 「この家を取り壊すときに、業者が埋めてくれることになっているそうだ」 　言いながら悠利が木乃伊らしき粉の入った巾着袋を中へ落とした。巾着袋は底のない闇に吸い込まれるように、すぐに姿が見えなくなった。 「ほんとに躊躇ねえな」 「処分に困っていたのだから躊躇などするはずがないだろう」 　その通りなのだが、彼の先祖や父が代々守ってきたものだと思うと、本当に処分していいのかとつい確認したくなってしまう。 　暗い穴に向かって、快は手を合わせた。 「どうした」 「あれがもし木乃伊だとしたら、元々は人だったってことだろ？」 「そうだろうな」 「なら最後に手を合わせるくらいしても罰は当たらないんじゃねえかと思ってさ」 　鉄製の蓋を閉めて、悠利が鍵をかけた。あとは業者がこの屋敷を取り壊すときに埋めてくれれば、よほどのことがない限り、二度と出てくることはないはずだ。 　屋敷の中には入らなかったが、門を出る前に悠利が一度だけ屋敷を振り返った。 　だから、聞かずにはいられなかった。 「家、本当にいいのか？」 「ああ。両親もそうするつもりだったようだからな」 　屋敷に背を向けて門を出ようとする悠利に、快がさらに問いかける。 「そうじゃなくてお前はどうなんだよ」 　生まれた時からずっと暮らしてきた家を、たった数日で取り壊す決断をしてしまって心配にならないはずがない。 　悠利は顔を振り向かせて、笑った。 「大丈夫だ。今の俺には帰る場所がある」 　巾着袋の中身を処分するために決断したのだと思っていた。 　実際にそれが主な理由なのかもしれなかったが、彼が笑っていられるならそれでいい。 （帰る場所、か） 　快にも、生まれ育った場所とは別の帰る場所が今はある。亮次のいる事務所と、そして。 （悠利と暮らすあの部屋が、俺の帰る場所だ） 　快は悠利のほうへと歩くと、軽くその背を叩いた。 「帰るか。夜の仕事までに寝とかないとな」 「今から寝るのか」 「今日は朝が早かったんだから、寝ないともたねえだろ」 　二人は門の外に止めてある車に乗って、いつもの道を帰っていく。 　たとえこの先何があっても、ともに過ごす日常だけは決して失くすことのないように。